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No.3
Volume.70,No.3 |
2019 |
Mar.
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特集:平和を構築する条件―よりよい社会を作るための人間行動学的理解―
●巻頭言:私と生物科学(上田恵介)……129
●松本晶子:特集にあたって……130
●佐倉統・菅原風我:人の特性を生物学的に解釈する――その功罪…………134
人の行動や心理を生物学的に研究することには、ある種の社会的含意が不可避的につきまとう。本稿では、まず、1960〜70年代の動物行動学や社会生物学を対象に、それら生物学的言説が社会的文脈の中でどのような「価値づけ」をされてきたのかを振り返る。次に、近年注目を集めている「生物学的市民権 biological citizenship」の概念を紹介しつつ、生物学の知識が社会的弱者や抑圧されている人々の立場を強化し新たなアイデンティティ獲得の力となっている事例を考察する。最後に、そのような場面で問い直される科学者の「知の専門家」としての立場について考える。
●木村亮介:ゲノム情報から人類集団間交配を考える……140
ヒト全体における遺伝的多様性および有効集団サイズは、類人猿の地域集団と比べても同程度かそれよりも小さいことが知られている。ここでは、ヒトで有効集団サイズが小さいことの一因として、文化の程度や種類の相違によって集団間の交配に障壁があったことが関係する可能性を検討する。近年、現生人類と古代人類との間の交雑が報告されているが、古代人類からの遺伝子流入が低頻度であったと示されていることも、集団間交配が制限されていたことの傍証となるかもしれない。
キーワード:ヒト、集団間交配、遺伝的多様性、有効集団サイズ、古代人類
●長岡朋人:古代アンデスにおける儀礼的な暴力の生物考古学的研究……145
ペルー北部のアンデス山地に築かれたパコパンパ遺跡から出土した、紀元前1200年から紀元前500年の複数の人骨に、頭部、顔面の陥没骨折を含む激しい暴力行為の痕跡を発見した。骨折はすべて治癒しており、神殿における儀礼行為の一部に暴力が用いられたことが推定される。本発見は、儀礼的暴力の痕跡としては古代アンデスにおいて最古の事例である。
キーワード:骨折、暴力、儀礼、アンデス文明
●後藤雅彦:先史東アジア農耕社会における集団間闘争―東南中国の場合……152
東アジアの先史農耕社会の中で、東南中国における戦争(集団間闘争)の考古学的痕跡を検討する。東南中国の中でも、長江下流域からの稲作文化の影響が強い内陸地域の農耕社会(石峡文化)では、武力の誇示が外来要素として定着し、この点が同時期の沿海地域と大きく異なる社会状況を示すと捉えた。武力の誇示は、中国初期王朝期により拡大・普遍化するが、一方で、祭祀・儀礼的側面の共有によって、東南中国の地域社会に武力に頼らない地域間対立の解消と地域統合を読みとる。
キーワード:農耕社会、東南中国、石峡文化、武力の誇示、磨製石鏃
●池田榮史:琉球列島における暴力的闘争に関する考古学研究……159
先史時代から歴史時代までの間の琉球列島内では武力を用いた闘争が起こっていた。しかし、それはきわめて小規模で局地的であったと考えられる。このことは生存条件の厳しい島嶼社会ではさまざまな問題が生じた際、武力による対峙よりも宥和による解決を選ぶ経験的な智慧が生じていた可能性を示している。このことは現在の我々が地球上で起こる暴力的闘争を回避し、解決手段を模索する際に有効な示唆を与えていると思われる。
キーワード:琉球列島、島嶼文化、考古資料、文献史料、武器・武具
●染田英利・石田肇:戦没者遺骨収集帰還事業と戦没者遺骨同定研究―安定同位体比分析の応用を中心に―……166
戦没者世代の日本人歯牙エナメル質中の炭素及び酸素安定同位体比を分析し、第二次世界大戦時における日本と米国の遺体識別の方法論的検討を試みた。日本人歯エナメル質の炭素・酸素同位体比を先行研究にある米国人の同データと比較した。その結果、日本出身者集団とアラスカ州およびハワイ州を含む米国出身者集団間の判別は極めて高い正答率を示した。本手法は、戦場における日米戦没者の遺骨混合における両者の鑑別法として有効である可能性が示され、実際の応用例も出てきている。
キーワード:戦没者遺骨鑑定、安定同位体比分析、歯牙、遺体識別
●大平英樹:社会規範の遵守と逸脱―認知神経学的アプローチ―……171
ヒトは他の動物に比べてきわめて協力的である一方、戦争やテロニズムに見られるように強い暴力性も有している。また自己が所属する内集団への好意とともに、外集団への敵意を示すこともしばしばある。本稿では、こうしたヒトの社会的行動の至近要因として、利己的な計算と共感のような感情の影響を考察する。この問題を検討するために、公共財ゲーム、最後通牒ゲーム、独裁者ゲームなどの交渉ゲームを実験課題として用い、そこでの行動、脳活動、生理的反応を測定する実証的研究の知見を紹介する。さらに、協力や公正の規範を逸脱し他者を搾取するサイコパシーという性格特性に関する知見がこの問題に与える示唆について考える。
キーワード:協力、規範、サイコパシー、脳
●竹澤正哲:集団間葛藤と利他性の進化……178
近年、集団間の致死的な葛藤が原動力となって、人間社会に見られるさまざまな制度が、利他性という心の性質と共進化したことにより、いま我々がみるような人間社会が誕生したとの主張が登場した。本稿では、経済学者であるボウルズとギンタスの主張を紹介し、さらにそれに対する反論を紹介する。そして、ボウルズとギンタスが提唱するモデルがいくつかの問題を抱えているがために、戦争が利他性を生み出したとの主張を反証することは、現状では困難であることを指摘する。
キーワード:偏狭な利他主義、制度、社会化、戦争
●浅川満彦:“アサ”の書評ワールド
●浅川満彦:『生物科学』の書評概観―書評誌という側面から
●『生物科学』休刊のお知らせ
●『生物科学』70周年記念パーティ(講演付き)のお知らせ
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Ueda Keisuke : My life as an editor (129)
Special feature : Peacebuilding requirement-Understanding human behaviors to make a more livable society-Matsumoto-Oda Akiko : Introduction (130)
Sakura Osamu & Sugawara Fuga : Biological explanation of human traits:pros and cons (134)
Kimura Ryosuke : Genomic inference of the characteristics of interbreeding between human populations (140)
Nagaoka Tomohito : Bioarchaeological evidence of ritual violence in ancient Andes (145)
Goto Masahiko : An archaeological study of warfare of agricultural societies in prehistoric southeast China (152)
Ikeda Yoshifumi : Archaeological study about the violent battle in Ryukyu Islands (159)
Someda Hidetoshi, Ishida Hajime : Repatriation and identification of war-dead remains in Japan with special reference to stable isotope analysis (166)
Ohira Hideki : Observance of and deviation from social norm : A cognitive neuroscience approach (171)
Takezawa, Masanori : Intergroup conflicts and the evolution of altruism (178)
Asa’s world of book review (186)
Asakawa Mitsuhiko : A transition of the book reviews appeared in the Biological Science (Tokyo) from the first volume to the final one (190)
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