主張
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食農ネット 田舎の本屋さん
農文協トップ主張 1990年11月

いま、むらの子どもたちになにを伝えたいか
老農と教師が「文化の伝承」を語る

目次

◆「遊び」を学校で教える
◆三面コンクリートの川では
◆「ペット化」する動物の見方
◆利益ぬきで子孫に伝えるもの

 秋も深まったある夜、晩しゃくをしている杉作じいさん(75)の家へ、近所に住む小学校の先生、大輔さん(39)が訪ねてきた。

 大輔 こんばんは。昼間、お電話で話した犂《すき》を借りにきました。

 杉作 犂だば牛小屋のわぎの作業小屋の屋根裏さあるべ。まず、いいがらちょっと上がれ。

 大輔 いや、あしたの授業の準備がありますから。それにおじいさんも稲刈りでお疲れでしょうし……。

 杉作 稲刈りだば、俺《おら》でなくコンバインがやるだがら。いいがらちょっとまず来《こ》。そこさ座って、飲め。

「遊び」を学校で教える

 杉作 ところで犂など何さ使うんだ。お前《め》がたの家で、また牛《べこ》こ飼いはじめだが。

 大輔 やだなぁ。電話で話したじゃないですか。五年生の社会科の授業で使うんですよ。教科書に「わたしたちの生活と農業」という単元がありましてね。これは一学期の授業でもう済みましたが、どうも行ったことのない県の野菜づくりの話じゃ子どもたちがピンとこないようなんで、わが村の農業の歴史をおさらいしてみようと思いましてね。犂だの石臼だの、実物があったほうがリアルですし。

 杉作 ほお、いまどきの小学生は農業も習うだが。けっこう、けっこう。だども、農業の話だば、お前《め》さんより良造とか拓也のほうが得意でねえべが。お前《め》さん、除草機も押したことねえべ。

 大輔 いたいところをつきましたね。実は、いま小学校では社会科のほかに生活科というのもできることになって、体験的学習が重視されていますから、教師は対応に大わらわなんですよ。

 杉作 生活科って何だべ。裁縫だの炊事だの習うんだべが。

 大輔 それは家庭科。生活科は一、二年児を対象に、身近な社会や自然とのかかわりに関心をもたせ、自分自身や自分の生活について考える力を……いけない。つい指導要領みたいになっちゃった。要するに、遊びや栽培などをとおして、いまの児童に欠けている生活力をつけさせようというわけですよ。いまごろの季節だと「秋をさがそう」なんて、本町公園あたりを探検したりして……。

 杉作 そだなこと、わざわざ学校で習わねくても、放課後にやればいいでねえがな。東京の学校じゃあるまいし。

 大輔 そうでもないんですよ。うちのクラスでも塾通いが六割くらいいますし、それからスポーツ少年団だのスイミング・スクールだの……。家にいてもたいていファミコンやってますしね。都会の子よりもむしろ田舎の子のほうが外遊びをしないというデータもあるくらいなんで。うちの集落《むら》でも、小学生はおたくの曽《ひ》孫の晋作くんを含めて三人だけでしょ。集団遊びが成り立たないんですね。

 杉作 ファミコンって、あのピコピコってやつか。そういえば、うちの晋作も……。晋作! 晋作! あ、宿題やっでだのが。んだば、いい。

 大輔 そんなわけで、学校でも努めて、地域の自然とか環境に接する機会を設けてですね……あ、おじいさん、そんな一気に飲んじゃあ……。

三面コンクリートの川では

 杉作 俺《おら》、お前《め》にひとつ言いだいごとがある。県道の脇のスイカ畑な。春先にホットキャップかけておいだれば、わらしだちがみんな倒していったのっしゃ。あれ、お前《め》だちの学校さ通う道だべ。おかげで晩霜《おそじも》さ当たってしまって……。俺《おら》だちがわらしのどぎもさんざんワルサはしたもんだ。柿もいだり、ビッキ(蛙扛)の尻さ花火いれだりして、ごしゃがれだども、敷ワラ剥《は》いだりはしなかったぞ。

 それど、前の堰さ、ジュースのカンカラだの菓子パンの袋だの棄《な》げるわらしがいる。国道の脇の田んぼはぁ、カンカラだらけだども、あれは車さ乗ってくる都会の若い衆が捨てだもんだ。都会の人がたは手前《てめえ》のマンマ(ごはん)、どこでつくるがもわがらね衆だがらしかたねえ。だども、村のわらしは昔がら「川さ唾《つば》吐いたり小便したらバチがあたる」って教えられたもんだぞ。

 大輔 学校でも五年の社会科で「よみがえる国土」って単元がありましてね。琵琶湖の浄化の問題なんかを……。

 杉作 そんな遠くの話でねぐ、前の堰の話だ。川には水神さまがおらすっていってな。ついたちの日には洗い米をあげでな、酒もあげでな……。

 だいだい、お前《め》だち親がだらしねもんな。お前《め》だげでなく、良造や拓也もそうだ。大堰さらえのどぎも、さっぱり若い衆が集まらなくてな、しまいのころ来て、酒ばかり食らってる奴もいるし……。だいたい役日に来ねがった奴に金で弁償させるようになってから、おがしくなったんだ。以前《まえ》は必ず手間で返したもんだが、お前《め》さんも五千円払うほうだべ。五千円札もらったって、聖徳太子じゃなく新渡戸稲造センセがスコップ担ぐかっつうの。

 大輔 教師は日曜日もクラブ指導やらなんやらで忙しいんですよ。

 それじゃ、わたしもいわせてもらいますけどね。わたしらが子どものころは、堰の土手のところを綱でさぐれば、どっさりドジョウがとれたもんです。あの溜りのところ、何て呼んでましたっけねえ、「曲がり松」かな、あそこじゃフナがよく釣れた。それが、基礎整備で三面コンクリートにしてから、ぜんぜん魚がとれなくなったじゃないですか。農薬のせいもあるけどね。いまの堰じゃ、子どもたちが遊ぶったって、笹舟でも流してかけっこするのが関の山ですよ。あの基盤整備のときの区長は誰でしたっけねえ。

 杉作 ばかたれ。お前《め》だちみたいな兼業農家が増えで、機械を使わなきゃ田んぼに手が回らなくなるってんで、集落《むら》百年の計を案じて田んぼの毎《まち》を大きくし、機械化に対応できるようにしたんでねえが。三面コンクリートになって堰の草払いも要らなくなったし、パイプラインができて、いつでも水が引けるようになったんでねえが。いま昼間に水廻りできる奴がどこにいる。わらしの遊びなんか問題じゃねえ。

 あれ、お前《め》さん下戸でながったが。あれあれ、赤カブみたいになっちゃって……。

 大輔 おかげで、川のありがたみも薄れたわけですよね。だいたい、昔は川で野菜だって洗ったし、上《かみ》のほうじゃ飲んでたっていう話でしょう。いまは簡易水道もできたから、水を大切にしろ、水を汚すなっていったってピンとこないんですよね。それもこれも、杉作じいさんたちがしたことでしょう。うちは兼業農家だけど、オヤジは田んぼの毎《まち》を大きくしてくれなんて、ひとことも頼みませんでしたよ。専業の人たちが先頭に立ってすすめたから、われわれも不承不承従ったまでですよ。

 一方で合理化しておいて、ノスタルジーで若い世代を批判されても困るんだなあ。

「ペット化」する動物の見方

 杉作 いや俺《おら》は昔なつかしさでいってるんでねえ。生ぎでいくうえでのカナメの話なんだ。

 このあいだうちの晋作が「じいちゃん、牛《べこ》こ飼うのやめでけれ」っていうんだ。「なんでや」って聞いたらば、クラスでいじめらるっていうんだな。「晋作の家の前さ行ぐど、臭《くせ》え」って。牛《べこ》飼ってる家だげでなぐ、豚飼っているうちもそうだど。俺《おら》泣けてきたおんな。

 大輔 えっ、そんなことがあったんですか。たしかに、授業で村の酪農家のところに見学に行った先生に聞くと、子どもたちは「臭い、臭い」っていってたようですがね。その先生は堆廐肥を手にとって、「これは大事なこやしになるんだよ」と、子どもにもさわらせたそうです。そのあと、その堆廐肥を使ってコマツナを栽培したりして、だいぶ子どもたちの態度も変わってきたようですがねえ。

 杉作 うちの牛《べこ》は黒牛だぞ。酪農家なんかの堆肥ど一緒にすんな。うちのは敷ワラもしてるし、ずっといいこやしになるんだ。

 晋作のことバカにするわらしだちも、家じゃネコを猫可愛がりしたりしてんだぞ、きっと。ネコだのイヌだのパンダだのラッコだのばかり「めんこい、めんこい」っていって、村で飼ってる牛《べこ》だの豚だのは、「臭《くせ》え」っていうんだもんなあ。

 大輔 動物の見方がペット的になっているのかもしれませんねえ。

 杉作 ペットっていえば、去年新聞さ出てたウサギ生き埋めにしたセンセはどうなったんだべ。

 大輔 ああ、九州の「ウサギ生き埋め事件」の教頭先生ね。なんだか学校をやめたみたいですよ。生き埋めにするってのはどうかと思うけど、この先生の気持ちはわかるんですよね。教頭さんって、雑用係みたいなところがあるでしょう。ウサギのエサが足りなくて、スーパーに行って、残菜集めまでやってたって話です。ウサギは殖えすぎたが、引きとり手はいない。さりとて放せば畑を荒らすだろうし……。

 杉作 なんで食わなかったんだべか。

 大輔 ウサギをですか。いまの子どもにはちょっと無理でしょう。

 杉作 だからだめだっつうの。俺《おら》だち人間はしょせん生きものを殺して生ぎでいぐしかねえんだ。俺《おら》ほうの牛《べこ》だってそうだ。俺《おら》ん家《ち》は仔どりだども、「めんこい、めんこい」と思って育てた牛《べこ》が、どこかで肥やされていずれ殺されるがど思うど、むごいような気がする。だども、しょうがねえべや。そごをぬぎにして、生活科だがなんだがしらねども、わらしだちがウサギ飼ったってモルモット飼ったって、ネコを猫可愛がりするのど違わねえのす。

 大輔 そういえば、わたしも子どものころアンゴラウサギを飼わされましたけど、あれは毛をとるためだったんですね。いいこずかいかせぎになったっけ。

 殺すっていえば、隣り村の若い女の先生が子どもたちと蚕を飼いましてね。いよいよ繭をとる段になりましたら、「どうしてもサナギを殺すのはいやだ」って子どもがでてきた。子どもたちは農協にもらった蚕を自分たちで三齢幼虫から育てて、蚕が糸を吐くようすも泊まりがけで観察したそうですから、なおさらでしょうね。けっきょく、糸をとって草木染めをして機《はた》を織ってポシェットにしたんですがね。サナギはクラス全員で煮て食べたそうですよ。「ほかのクラスの人にすすめて、気持ち悪いっていわれるとイヤだから、自分たちで食べる」っていってね。

 このポシェット、子どもたちは大切にするでしょうねえ。

 杉作 そういうごど、そういうごど。

利益ぬきで子孫に伝えるもの

 杉作 生ぎものばかりでねぐ、川だって山の木だって、ご先祖さまがこしらえだ生きものなんだ。都会の衆はすぐ「自然を守れ、地球環境を守れ」っていうども、こう見回して見て、ご先祖さまの手がかからね自然などどごさある。ほとんどねえべ。だがら、水神さま、山の神さまって拝むわげだ。そんでついたちの日には洗い米をあげで、酒あげで……。

 だども、いずれこの国には百姓はいなぐなるっつう話だもんな。

 大輔 たしか、去年学校を出て就農した人は、トヨタとニッサンの新採用者数より少なかったって話ですね。農業の売り上げだって、日本全体で約十兆円で、トヨタ、ニッサンの合計にはおよばないし。そんなに儲けているから、GATTじゃ、アメリカから、「自動車買ってあげてるのになぜコメを買わない、コメなんか大した額じゃないじゃないか」っていわれるわけですよね。

 杉作 へぇ、なんだかスイカだのコメだのつくってるの、バカらしくなってきたな。うちの集落《むら》だって、後継ぎは良造と拓也の二人だけだし。もう百姓やめにすべえか。

 大輔 そんなことありませんよ。かくいう私めも兼業農家のはしくれですし。

 杉作 鍬の使い方わがらね百姓など、百姓のうちに入んね。

 大輔 あっ、イタッ。でもね、さっきおじいさんがいったように、「人間が生きていくうえでのカナメ」ってありますよね。いや、「農業が生存のための食糧生産を担っている」って意味じゃありませんよ。まあ、それもありますけどね。

 なんていったらいいかなあ、わたしの尊敬する小松恒夫先生という方が「文化の伝承」ってことをいっておられます。“文化”とは“文明”とちがって「人間が頭と身体を使ってつくりあげたものを、利益なくして子孫に伝えるもの」

だっていうのですね。農業って、稲作でも養蚕でも、もちろん口に糊するってこともありますが、何かそういう文化的側面を併わせもってるって感じがしますね。これなしに教育なんて成り立たないんじゃないかしら。

 さっき、新卒の就農者数の話をしましたけど、これは農業専従者だけの数字でしょう。たしかに、これから専業農家は減るかもしれませんが、わたしみたいな兼業農家だっているわけですよね。子どもたちに「文化の伝承」さえできれば、案外、村に残って他の仕事しながら田畑を守るって子もでてくるんじゃないかな。もちろん、都会に出ていく子もいるでしょうが、それにしても、農業や農村についての理解者になってくれるでしょう。旅行に行っても田んぼに空カンなんか捨てないと思うな。いまどきは、ベランダで果樹つくったりハーブつくったりしている消費者もいるそうですね。

 ひょっとして、個別の規模は小さくなっても、農家数は逆に増えたりして……。

 杉作 そいつはちょっと甘いんじゃないのかい。

 でも、少し元気がでてきたな。俺《おら》も大輔センセの組のわらしに「文化の伝承」でも語ってみるべがな。養蚕だって昔は「杉さはぜんぜん違作を出さね。たいした腕だ」ってほめられたもんだしな。

 大輔 それはぜひお願いしますよ。じゃ、わたしはこのへんで……。

 杉作 おい、ちょっと待て。お前《め》の田んぼな、みんなベターッと倒伏《たお》れてしまって集落《むら》の恥だがら、早く刈れ。

 大輔 はいはい。次の日曜は稲刈りを手伝うことにしますか。

 一筋縄でいかないのが教育の話、みなさんはどうお考えになりますか。本稿の執筆にあたり次の文献を参考にしました。興味をおもちの方はぜひ読んでみてください。

●寺本潔「“がっこう”の考現学[3] 飼育舎」、「自然と人間を結ぶ」90年2月号、農文協

●寺本潔「子どもの遊び世界はいま」、「自然と人間を結ぶ」90年8月号、農文協

●桐生千枝子「おかいこさま物語 秋の章」、「自然と人間を結ぶ」90年11月号、農文協

●植竹紀行「牛を飼う農家――うんちのゆくえ」、歴教協編「どうする「生活科」」、あゆみ出版

●小松恒夫「教科書を子どもが創る小学校」、新潮社

●山田卓三編「ふるさとを感じるあそび事典」、農文協

●広松伝他「地域が動きだすとき」、農文協

(農文協論説委員会)

前月の主張を読む 次月の主張を読む