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農文協トップ主張 2003年8月号

「産直」の広がりをバネに「交流・滞在人口」を増やす
兵庫県八千代町の交流事業に学ぶ「農都両棲社会」への道

 農文協が農家の取り組みに学んで「産直革命―ものからいのちへ」(「増刊現代農業」1995年5月増刊)を発行してから、はや8年。いま、農家の直売所が無数につくられ、農協のファーマーズマーケットや道の駅の直売所も大きな広がりをみせている。また全国各地の量販店も、競争の激化のなかで店の魅力を増すために、農家の直売所をその店舗内にもちこむインショップ展開をはじめている。

 この農家の「産直」がいっそう輝きを増すには、なにが大切か。産直、地産地消の「次の段階」を、都市農村交流をすすめ、農村に都市住民を呼び寄せて経済の活性化をはかっている兵庫県八千代町の取り組みに学ぶなかで考えてみたい。

目次
◆応募者殺到の「滞在型市民農園」
◆都市住民と地元農家の共同作業と心の交流
◆心の交流の結果としての経済効果
◆人びとが来たくなり、住みたくなるむらの建設
◆農村空間全体の表現としての「地域ブランド」
◆農家の直売がいっそう輝きを増す「次の段階」とは

応募者殺到の「滞在型市民農園」

 八千代町は、京阪神から車で1時間半ほどのところに位置し、人口6300人あまり。山の懐に抱かれた里にはホタルが棲む清流が流れ、村々は澄んだ空気と静けさに包まれている。その八千代町の俵田集落に、滞在型市民農園「フロイデン八千代」がつくられ、交流事業がはじまったのは平成5年のことだった。「播州織り」という町の主要産業が衰退するなかで、町は「交流事業」による町おこしを図ることにしたのである。

 この市民農園は、60棟のコテージ、1棟の管理棟、喫茶店付きの交流センター、共有農園、野外ステージなどから成り、これらの施設はドイツのクラインガルテンの思想に理想を求め、すべてドイツ風に仕立てられている。一区画の敷地は約94坪で、8.4坪の各コテージにはバス・トイレ、冷暖房、電話、テレビ、キッチンが完備され、コテージの周りには、駐車場や30〜40坪ほどの各自の農園が配置され、花木や果樹などが植えられている。入居の条件として、月最低2回はこの農園に通うことが義務づけられており、年間の利用料は27万6000円(その36%は地権者に支払われる)。水道、電気、ガスの代金は個人持ちである。

 この農園に初年目1362件の応募があり、いまも200組以上の人びとが空きが出るのを待っている。入居者は、神戸市、明石市、西宮市などの市民60組で、多くの入居者は週末にやってきて宿泊し、農業を楽しんでいるが、なかには、ほとんど毎日利用している定年退職者もいる。さらに、コテージ周りの農園だけでは飽きたらずに、減反田を借り受け、農業をはじめる人まで出てきた。

都市住民と地元農家の共同作業と心の交流

 市民農園の管理運営をしているのは、58戸から成る俵田集落の農家全戸が加入している管理組合である。一方、60戸の入居者のほうも、自治会費月500円を払って「フロイデン友の会」を結成している。地元農家の管理組合と入居者の組合が対等の関係で、話し合いにもとづく運営を行なっているのだ。

 そこでは、さまざまの年中行事やイベントが、毎月のように行なわれる。1月のご来光登山、3月の初午、8月のお弥勒さん、盆踊り、霜月祭りなど、昔から俵田集落で行なわれてきた年中行事に、都市住民が何のわけへだてなく、参加できる。これに、両者の共同企画によるイベントが加わる。4月末のレンゲ祭り、6月のホタル観賞会、そして、入居者が俵田集落の住民へのお礼として開催する収穫祭などである。

 収穫祭では、入居者が自分らのつくった農産物で料理をつくり、俵田集落の農家を招いて一緒に楽しむ。都市の入居者が家族や知人・友人などを連れて参加するので、総勢500人、600人の一大イベントになる。炊き込みごはん、餅、豚肉と野菜がたっぷり入った鍋、おでん、焼きそば等々が出され、アルコールも入って、盛り上がる。「ホタル観賞会」はすっかり有名になって、6月上旬から3週間にわたり毎日、数千人の都市住民が、訪れるという。

 それらの行事の企画も、後かたづけも、都市住民と農家がいっしょになって行なっている。こうして交流が年間をとおして行なわれていくと、農家と都市住民の関係性はますます深まっていく。

 ハクサイやダイコンの漬け方を、農家に教えてもらう。共同の茶園でお茶を栽培し、お茶の加工に取り組む。女性たちは女性ばかりの料理教室を開いて、料理の技術を教え合う。こうじづくりからはじまる味噌の仕込みも、泊まりがけで行なわれる。交流館の倉庫に保管して、秋にみんなで分けている。

 人びとのきずなが深まり、俵田集落の人が「うちにも遊びにきてよ」と誘う。他所の人と話したことのない農家のおばあさんが、都市の人びとと話をすることによって元気になってくる。訪れてきた人に、庭になっている柿を、もっていけという。その素朴さと心やさしさに都市の人びとも心打たれる。農村と都市のおばあさんがいっしょに近隣の町の薬草風呂や温泉に行く。そして、今度はどこに行こうかと相談している。若い人たちはスキーにいっしょに行く。若い男女のカップルができ、交際もはじまる。

 当初、行政主導ではじまった取り組みは、いまでは行政の手を放れ、交流のなかで、それぞれの人がお互いにかけがえのない存在になっていく。その結果、地元の老人会や婦人会に特別入会する人まで出てきた。阪神大震災の時には、何組もの家族が数カ月間、ここに身を寄せたという。

心の交流の結果としての経済効果

 そんな具合だから、入居者は大変安定している。市民農園は10年目を迎えたが、60戸中、人が入れ替わったのは12〜13戸しかないという。それも夫婦両方が死去されたのが2戸、夫婦のうち片一方が先立ってしまったのでやめたというのが6戸、後は転勤によるものなどで、いやになってやめた人はほとんどいない。

 このような交流の深まりは、結果として地域にさまざまの経済効果をもたらしている。市民農園の入居者ばかりでなく、行事やイベントの際には、入居者の家族や友人・知人もふくめて、何百人もの人がやってきて、地元で買い物をし、農家がつくった加工品などを土産にしてくれる。

 おもしろいのは、地域貨幣としての「コーヒー券」の発行だ。このコーヒー券は、土日、祝日に開かれるフロイデン八千代の喫茶店で使える券で、ビールや酒にも使用可能というものだ。この券は管理組合に入る年間の利用料収入1656万円(27万6000円×60組)の中から、入居者と俵田の地元農家に対して年2回、1人あたり年間1万2000円分、発行される。一杯のコーヒーの値段は300円、酒類は600円。喫茶店では、入居者と地元の農家との世間話が自然とはじまる。このコーヒー券は、入居者と地元農家が気軽に出会う場づくりに大いに役立ち、そんなつきあいのなかで、年中行事やイベントの際に、入居者が家族や仲間を多数つれてくるようになったのである。結果として、管理組合から出されたコーヒー券の原資の何倍もの収入につながっている。

 そればかりでない。八千代町にやってくる都市住民の間には、買い物はなるべく八千代町で行ない、経済的な意味でも八千代町を支えていこうという気風が生じつつあるという。平成9年、町営の加工所がオープンしたが、地元大豆でつくった一丁300円のおいしいが値段もいい豆腐を、当初、買い支え、口コミで広げてくれたのも、これらの都市住民だった。また車社会だからこそ成立している八千代町の交流事業だが、最近では、その車を、自宅がある都市部ではなく、八千代町の業者から購入する人も出てきたという。

 これらの経済効果はみな、自由な交流の結果として生まれたものだ。金の論理が先に立っているのではない。ちなみに、八千代町のスローガンは「自然と善意のまち八千代町」である。

 これらの交流事業への総合的な取り組みの結果、過疎化が一般的な中山間地にありながら、八千代町の人口は数年前から増加に転じた。空き家を別荘代わりに使ったり、永住を決意して購入し、農業にいそしんだり、そこから勤め先に通ったりする人たちが出てきている。26戸あった空き家のうち19戸は埋まってしまった。さらに親水公園付きなど、魅力ある住宅を町が設置したことも相まって、人口は、底をついた平成12年の6206人から平成15年には6338人へと増えているのである。

人びとが来たくなり、住みたくなるむらの建設

 八千代町が取り組んできたのは、滞在型市民農園だけではない。滞在型市民農園「フロイデン八千代」がある南校区には、これまたドイツ風のデザインで、チャペル付きの結婚式場・レストラン・宿泊施設を併設した交流施設「エーデルささゆり」があり、また400年近い歴史をもつ凍み豆腐の伝統を生かして一丁300円の豆腐を製造販売し、都市住民の加工体験も可能な農産物加工所「エアレーベン八千代」がある。さらには、かつての村祭りの際に、五穀豊穣を願って食べられた鯖ずしを現代的に再現し、地域ブランドを確立している加工直売所「マイスター工房八千代」がある。ここでは地物を素材につかった料理を出すレストランを兼営し、人なつっこいおばちゃんたちの笑顔の魅力で、通称「いやしの店」と呼ばれている。それぞれが京阪神一円から、一見の客ではない、リピーターを集めているのだ。

 このような実績のうえに八千代町は、滞在型市民農園を、俵田集落の「フロイデン八千代」だけではなく全町3校区に広げ、関連施設も整備して、町をあげての交流をすすめようとしている。昨年(平成14年)、北校区の大屋集落に滞在型市民農園「ブライベンおおや」(20区画)を開設し、いま、その周りに自然観察公園を整備しつつある。田んぼの畦から親水公園にいたるまで身障者でも入れるバリアフリーにし、太陽光や風力利用の発電を行なうなど、人と環境にやさしい滞在型市民農園を特徴としている。

 さらに今年は西校区の大和地区に、木工、陶芸、草木染め、郷土食などの体験実習施設に郷土食レストランや風呂を併設した、いやしの場「なごみの里 山都」を建設し、滞在型市民農園「大和クラインガルテン」(30区画)を整備中である。ここは「歴史と文化」をテーマにし、都市住民がさまざまの体験ができるよう、郷土食の発掘や山野草などの地域資源の保全に力を入れている。

 中山間地にあって、その雇用創出効果は小さくない。しかもこれらの計画は、村びとが1年間10日おきに集まって、役場とともに検討を加えて立案し、その運営も、俵田集落の市民農園と同様に行政は背後に退き、校区の集落が連合した「協議会」が当たることになっている。その結果は、すでに見たような、自由で創造的な交流の展開につながるだろう。

農村空間全体の表現としての「地域ブランド」

 これら新設の2つの滞在型市民農園を、都市住民の「第二のふるさと」にしてもらいたいと、役場の細尾勝博産業課長はいう。そこで、北校区の市民農園は大阪の都市住民に、西校区の市民農園は神戸市垂水区の都市住民にというふうに、主要な呼びかけ先を限定して恒常的な交流を深めてもらおうと考えた。村の校区と都市の地域を結び、お互いに相補う共同関係を形成しようというのである。それを端的に示すのは、来年3月、神戸市垂水区の商店街に出される予定の、八千代町のアンテナショップだ。細尾課長は言う。

 「アンテナショップは、垂水区の商店街と提携して相互に宣伝を行なうほか、物産の交換もやろうと申し合わせています。アンテナショップを出すことによって、垂水区民23万人に八千代の情報をどんどん発信し、ここの施設をいやしの場として使ってもらう。一方、八千代の住民は垂水区というすばらしい漁港をもつ街から、朝、獲れたての新鮮な魚を仕入れ、おいしい魚を味わうようにする。このような共同的な関係のなかで、垂水区の八千代ファンが、近くの住民に対して八千代町のアピールをし、広がりをつくってくれるようになるだろうと期待しています」

 大消費地としての都市の「消費」の部分に打ってでようというのではなく、もっと規模の小さい単位で、相手を特定して提携し、深い関係を結んでゆく。

 このような取り組みのなかでいま、八千代町の農業や暮らしのなかで培われてきた技術の掘り起こしが進んでいる。野菜つくりの名人を、「ダイコン名人」「ハクサイ名人」などとして登録することにした。「名人」の協力のもと、高齢者や女性を農業の新しい担い手として組織化し、少量多品目生産を強化しようというのである。八千代町の朝市は、現在は、まだ3校区の基幹施設の周辺で土日に開催されているだけであり、加工所などでは地元の食材が不足気味である。少量多品目生産が活発になれば、町内各施設のネットワークのなかで融通しあう形で地産地消が定着するだろう。

 そして、そのような地域自給の裾野の広がりは、すでに地域ブランド品として定評のある一丁300円の豆腐や鯖ずしと同様に、八千代ならではの個性的な特産品を新たに生んでいくだろう。

 ここでは、地域ブランドとしての特産品は、モノとして孤立して存在しているのではない。八千代町の清流や澄んだ空気、深い陰影を刻む山々などの景観や地域資源、そこに住む人びと一人ひとりの顔、そして八千代町の歴史までもが物語を構成し、いわば八千代町の自然と人間が織りなしてきた独自の歴史的生命空間自体が地域ブランドになるのである。個性的な特産品は、そのような農村空間全体の一つの表現形態なのであり、八千代町に心ひかれる都市住民との関係性のもとで成立するものであるがゆえに、日本で唯一、世界で唯一の価値をもったものとなる。

農家の直売がいっそう輝きを増す「次の段階」とは

 いま農産物の直売所も数が多くなり、互いに競合する場面も出てきているというが、直売所の魅力を増し固定客をつかんでいくには、都市の人びとを地域に招いて暮らしのレベルで交流をすすめ、その農村空間全体を地域ブランド化することだ。

 それは決して特別のことではなく、朝市・産直の取り組みの延長線上にある。それというのも、朝市などの農家の直売がなぜこれだけ伸びてきたのかを考えてみれば、それは単に安全・安心な農産物が入手できるからではない。その背後に地域の自然、季節のめぐりが垣間見え、個性豊かな農家との売り買いをとおして、豊かで確かな人間関係を感得できるからである。人びとが「巨大な自動販売機」とも言われる無人の量販店ではなく、遠くても直売所にわざわざ足を運ぶ理由は、そこにある。いまや量販店も、店内に農家の直売所をもってきてインショップを展開し、場合によっては生産地にお客さんをつれていくような時代である。経済学は、人は経済合理で動く「経済人」だと教えるが、実際の人間は、物の売り買いでさえ単に安い高いではなく、そこに生きる喜びを求めて行動するのだ。

 都市住民と農家の交流は朝市・産直の延長線上にある。だから都市住民との交流は、必ずしも八千代町のように大きな規模で施設を展開する必要はない。まずは、農家が日々農耕を営んでいるその現場に人びとを招き、交流や共同作業の機会をとおして、農家の思いを伝えていけばよいのだ。交流の場は農家の住宅や納屋であっても、農協や公民館であっても、はたまた、にわかづくりのテントやハウスであっても構わない。できれば八千代町のように、集落の力でこれをすすめることである。豊かな自然のなかで、ともに充実した暮らしを立てていくことへの共感が育まれ、かけがえのない関係ができるなかで、「お裾分け」と「お返し」の形で農産物とお金の交換がなされていくだろう。

 日本経済は長期不況がつづいているが、人びとはモノをたくさん消費することには飽いている。現代の長期不況の克服は、大量生産が生み出す画一的なモノの大量消費という旧来の筋道からでなく、人びとの自然への渇望と文化的・人間的な生活欲求に応えることから始まる(注)。その欲求に応えることができるのが、農村空間のなかで、むら的共同によって営まれてきた地域独自の農業なのだ。

 その農業は産業としての農業ではない。個性豊かな生活文化を生み出す自給ベースの農業であり、そこでは女性や高齢者が活躍する。朝市・産直の延長線上にある都市農村交流は、少子高齢化で間もなく人口減少へと転じる日本で、新しい「生涯現役社会」を拓くことにもつながる。朝市・産直、都市農村交流を媒介に、農家の力で豊かな農都両棲社会の形成をすすめよう。

(農文協論説委員会)

注 池上淳「金銭経済から文化経済への構造転換――人間性回復と現代産業の展望――」(『農村文化運動』168号、400円)。池上氏は「生活の芸術化」による地域のノウハウを生かした新しい創造型産業こそ、成長を導くという。

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