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農文協トップ主張 2007年10月号

「有機農業推進法」が成立
「自給」と「提携」で地域をつくる

目次
◆有機農業農家の要望で生まれた「有機農業推進法」
◆有機農業=有機JAS認証ではない
◆「自然循環機能」の増進は農耕労働の本質に根ざす
◆有機農業の基本理念 ―「提携の思想」
◆「農地・水・環境保全向上対策」を活用して地域を豊かに
◆農家技術の蓄積を学びあい、地域の技術を創造する

「有機農業の推進に関する法律」(「有機農業推進法」)の条文より

(定義)

第二条 この法律において「有機農業」とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう。

(基本理念)

第三条 有機農業の推進は、農業の持続的な発展及び環境と調和のとれた農業生産の確保が重要であり、有機農業が農業の自然循環機能(農業生産活動が自然界における生物を介在する物質の循環に依存し、かつ、これを促進する機能をいう。)を大きく増進し、かつ、農業生産に由来する環境への負荷を低減するものであることにかんがみ、農業者が容易にこれに従事することができるようにすることを旨として、行われなければならない。

2 有機農業の推進は、消費者の食料に対する需要が高度化し、かつ、多様化する中で、消費者の安全かつ良質な農産物に対する需要が増大していることを踏まえ、有機農業がこのような需要に対応した農産物の供給に資するものであることにかんがみ、農業者その他の関係者が積極的に有機農業により生産される農産物の生産、流通又は販売に取り組むことができるようにするとともに、消費者が容易に有機農業により生産される農産物を入手できるようにすることを旨として、行われなければならない。

3 有機農業の推進は、消費者の有機農業及び有機農業により生産される農産物に対する理解の増進が重要であることにかんがみ、有機農業を行う農業者(以下「有機農業者」という。)その他の関係者と消費者との連携の促進を図りながら行われなければならない。

4 有機農業の推進は、農業者その他の関係者の自主性を尊重しつつ、行われなければならない。

有機農業農家の要望で生まれた「有機農業推進法」

 昨年(平成18年)12月、「有機農業の推進に関する法律」(「有機農業推進法」)が成立した。超党派で設立された有機農業推進議員連盟(法案成立時161名)が中心となり、日本有機農業学会が作成した試案をたたき台として議論を重ね、全会一致で可決・成立、12月15日に公布・施行された法律である。

 有機農業に携わる人々の強い要望を受けた議員立法として、関係者は高く評価し、今年3月に開催された「農を変えたい!全国集会 IN滋賀 2007」(有機農業グループと市民団体が主催)では、次のように呼びかけている。

「有機農業推進法が制定され、日本の農業を『有機農業を核とした環境保全型農業』に全面的に転換していく時代がようやく訪れようとしています。しかし、それを推進するための政策は未成熟です。技術についても一定の到達点が示されているとは言えません。行政側の準備も、一部の地域を除いてほとんど進んでいないのが現状です。

 その一方で、有機農業運動に携わってきた人々の間には、これまでの取り組みを通して有機農業の思想と技術が蓄積されています。経済効率優先という風潮を越えて、こうした個々の蓄積を集約し、地域に広げ、政策に反映させていくことが、求められる時代になっています」

 この「有機農業推進法」、マスコミではほとんど取り上げられず、農家でも知らない方がいるかもしれないが、国が有機農業の推進を初めて打ち出したものであり、かつ、「農業者が容易に有機農業に従事することができるようにすること」を基本理念に掲げている。一部の有機農業者のための法律ではなく、「『有機農業を核とした環境保全型農業』に全面的に転換していく時代」をつくるための法律であり、有機農業グループの勉強会に地元の普及員が参加するなど、今までになかった動きも生まれている。

 そこで、この法律の成立を機会に、「日本の有機農業」の意味について、考えてみたい。

 有機農業といっても、さまざまな考え方、やり方があるが、ここでは、この推進法成立の中心的な役割を果たしてきた日本有機農業研究会の有機農業を中心に、推進法が掲げる「定義」と「基本理念」(別掲)を入り口にしながら、その特質をみてみよう。

有機農業=有機JAS認証ではない

 有機農業というと、無化学肥料・無農薬で「安全な農産物」を生産・販売する農業という見方が普通で、その農産物を慣行農法と区別するための認証制度が課題にされてきた。国の有機農業へのかかわりもこれまでは、、有機JAS法による表示の規制のみにとどめてきた。これについて、本誌でおなじみ、民間稲作研究所を主宰し、農家でもある稲葉光國さんは、こう述べている。

「有機の農産物を求める消費者は多い。ところが日本は、有機農産物の多くを輸入に依存している。日本の有機認証制度などは、外国から有機農産物を輸入しやすくするためにつくったようなもので、国内の有機農産物をつくる農家を応援するためのものではなかった」

 農水省のデータでは、2003年度に有機JASマークが貼付された有機農産物は約34.5万tで、そのうち、外国産有機農産物は約30万tと84.5%にも達している。

 有機JAS法は、定められた基準を守り、国が認めた認証団体より認証を受けた農家のみが、「有機農産物」として表示・販売できる制度である。現在、約5000の農家が認証を受けているが、認証にかかる経費が大きく手続きが煩雑なうえに、毎年、手続きが必要なこともあり、その数は停滞している。有機農業=有機JAS認証という、狭苦しい枠組みに対し、有機農業を進める農家からの批判もあった。こうした、認証制度で国が有機農業を「規制」「管理」するというこれまでのやり方に対し、国を「応援」「推進」する立場に大転換させる、それが、この推進法の基本的なねらいである。だから、この推進法は「認証制度」には触れず、「農業者が容易にこれに従事することができるようにすることを旨」とすることを基本理念に掲げている。

 それでも認証の問題は残る。有機農業研究会では2005年、国会に提出された、有機農業の基準を一気に厳しくするJAS法改定案に対し、これは地域に密着した形で有機JAS認証を行なっている有機農業団体の活動を困難にし、有機農業の実情を知らない企業の登録認定機関だけが残り、かつ外国認証には甘く、日本の有機農業を破壊するものだと反対しつつ、(1)認定料の免除あるいは公的助成を行なう。(2)高齢者については、事務的手間を著しく軽減する措置をとる。(3)認証によらなくても有機農産物の適正な取引が確保される生産者と消費者の「提携」のような取引形態については、認証を免除する、などの要望を政府に提出している。

 認証のありようは今後検討されていくことになるが、その際、「農業者その他の関係者の自主性を尊重しつつ、行われなければならない」としているのも、この推進法の大きな特徴である。

「自然循環機能」の増進は農耕労働の本質に根ざす

 推進法では、化学的に合成された肥料及び農薬、そして遺伝子組み換え技術を利用しないことを基本とし、さらに「自然循環機能を大きく増進し、かつ、農業生産に由来する環境への負荷を低減する」ことを有機農業の基本理念として掲げている。自然から隔絶された工場内での「無農薬栽培」は、自然循環機能を増進しないから、廃液処理を徹底したとしても、有機農業とはいえない。

 この「自然循環機能」について、「農業生産活動が自然界における生物を介在する物質の循環に依存し、かつ、これを促進する機能」と注釈しているが、これを担っているのは農家である。土や作物の自然力は、農家が作物や土に働きかけ働きかえされる(学ぶ)なかで身につけた観察眼や洞察力によって初めて引き出されるものである。無化学肥料・無農薬という前提を据えることで、土や作物、地域の自然力を発見していくというのが有機農業の核心であるが、有機農業に限らず、農業が農業である限り、働きかけ働きかえされる農耕労働の本質は息づいている。先の稲葉さんが、「有機農業は普通の農業なんですよ」と述べているが、化学肥料や農薬を使う「普通の農業」と有機農業とを隔絶するのでなく、農耕労働のありようを見直し、創造していこうというのが、日本の有機農業の願いであり、この推進法の精神なのだと思う。

有機農業の基本理念 ―「提携の思想」

 推進法では有機農業の推進にむけて「有機農業を行う農業者、その他の関係者と消費者との連携の促進を図りながら行われなければならない」と述べている。ここでは「連携」という言葉が使われているが、日本の有機農業運動をリードしてきた日本有機農業研究会は、1971の発足当初から「提携の思想」を基本に掲げてきた。同会の結成趣意書は、こう述べている。

「食生活での習慣は近年著しく変化し、加工食品の消費が増えているが、食物と健康との関係や食品の選択についての一般消費者の知識と能力は、きわめて不十分にしか啓発されていない。農業者が消費者にその覚醒を呼びかけることが何よりも必要である」

 海外の農産物や加工食品に依存した国民の食生活を変える、これにむけ作物を育て、食べものとしての価値を身体で知っている農家が消費者に働きかけ、食意識の変革を呼びかけることが何よりも必要であると宣言しているのである。

 のちに発表された「提携の十カ条」の第一条は次のようである。

「生産者と消費者の提携の本質は、物の売り買い関係ではなく、人と人との友好的付き合い関係である。すなわち両者は対等の立場で、互いに相手を理解し、相助け合う関係である。それは生産者、消費者としての生活の見直しに基づかねばならない」

 生産者としての「生活の見直し」は、農家が農家であるかぎりもっている「自給」の見直しでもある。地域地域の「自給的生活」を、都市(消費者)と農村(生産者)の提携によって都市と農村の両方に実現する。大量生産・大量販売・国際化・画一化の路線に対し、多品目・少量生産・地域化・個性化によって生活を豊かにする路線を「文化運動」として明確にしたのが、日本有機農業研究会の運動であった。

 認証制度による「差別化」をよしとせず、農耕労働の本質に根ざす農業のやり方を求め、「自給」と「提携」によって豊かな地域づくり、国づくりをめざす。これは世界の有機農業運動のなかでも際立った日本の有機農業運動の特徴である。

 世界的には、いま、有機食品ブームと言われる状態が続いているが、そこでは、有機農産物は巨大な「商品」にもなっている。「有機表示規則」をスタートさせたアメリカのカリフォルニアでは、「オーガニック市場の半分近くを五大農場が占めてしまうほど寡占化が進み、スーパーマーケットをはじめ,大手量販店が参入する中で、低価格化が進み生産価格割れの価格暴落が有機市場でも起き出した」という(古沢広祐氏)。アルゼンチンなど、もっぱら輸出用に有機農産物を大量生産する動きもある。

 こうした市場原理主義・グローバリズムのなか、日本の有機農業が掲げる「提携」は、そのまま日本語の「テイケイ」という言葉で、心ある世界の有機農業運動でも使われている。有機農業は、市場原理主義・グローバリズムに巻き込まれない自律的・自立的な地域を形成する運動なのである。

「農地・水・環境保全向上対策」を活用して地域を豊かに

 有機農業推進法は、有機農業者が自らの利益のためにつくられた法律ではない。そこで、有機農業をしている、していないにかかわらず、これから始まる県、市町村での有機農業推進にむけた取り組みを地域から生かしていくことが重要になってくる。今後、各自治体で「推進計画」が策定されていくが、その際、一つのポイントになっているのが、「農地・水・環境保全向上対策」事業との連動である。

 この事業は、水路の保全や生きもの調査などの「共同活動の支援」と、有機農業や減農薬・減化学肥料にむけた「営農活動への支援」(直接支払い)を一体的に進めるもので、一定の面積要件をクリアした特定の農家に対象を絞り込む「品目横断的経営安定対策」とは異なり、集落・地域を対象にしたものだ。

 これを上手に活かしたい。有機農業者やエコファーマー(全国で11万人)、そして地域の自然を知り尽くした高齢農家や地域住民を巻き込んで、集落の景観や生きものを豊かにしていく。アゼ草を除草剤で枯らすのではなく、みんなで協力してアゼ草刈りをする。魚がすむ水路も取り戻したい。こうした地域環境の整備と、有機農業、環境保全型農業の推進を、行政の支援を引き出しながら楽しく進め、自律的・自立的な地域づくりを進めたい。

農家技術の蓄積を学びあい、地域の技術を創造する

 技術の創造的な展開も進めたい。

 化学肥料や農薬を使わない「有機農業」と、「慣行農法」には、確かに大きな隔たりがある。

 少し前、鹿児島県のお茶農家、折田信男さんの話を聞いた。折田さんが有機農業に転換したのは30年前。転換した当初は害虫のため夏に茶の樹の葉がなくなるほどの被害がでた。その状態が3年ほど続き、やがてクモなどの天敵が増えてきて害虫の被害が減り、収量が安定するまで10年近くかかったという。その間、折田さんは野菜栽培で経営を維持してきた。

 有機農業への転換には、手間や経営面で大きな困難を伴うことが、有機農業の広がりを難しくしてきた。しかし今、農家の工夫、技術改善の積み重ねによって、「日本の農業を『有機農業を核とした環境保全型農業』に全面的に転換していく」条件は大きく切り開かれている。

 今月号10月号は「土肥特集号」である。274ページの記事で、岩石真嗣さん(自然農法国際研究開発センター)がこう述べている。

「『雑草がヤル気を出さない田んぼ』は、余った肥料分の少ない、イネが大きく育つ肥沃な土でできている。まじめに土を育て肥沃土になると雑草はおとなしくなる。だが、そういう土ができるまでには地道な努力と長い時間が必要……。そこで、その土を育てる時間を省略して肥沃な田んぼのモデルを造る方法を紹介する」

 こうして岩石さんは「土ボカシ」の利用を提案している。

 有機農業や自然農法に取り組んできた方々は、大変な苦労をしてきており、それだけに、苦労しなくてもやれる有機農業の技術に工夫を重ね、その成果を伝えたいと思っている。アイガモ水稲同時作や米ヌカ除草も、除草剤を使いたくないという有機農業をめざす農家から生まれた技術だが、「普通の農業」にも大きなヒントを与えた。

 一方、本誌で追求してきた「土ごと発酵」方式は、身近な資源を活用し、土の微生物に活躍してもらって土をよくする、小力的なやり方である。有機農業であるなしにかかわらず土台となる土つくりを、手間と金をかけずに行なえるこの方式が沖縄でも広がり、大幅な農薬減を実現している(130ページ)。その他、今月号で紹介した「病気に強くなる肥料 石灰」も、「海・山のミネラル」も「竹肥料」も、「肥料代高騰 タダのものを活かせ!」も「土壌還元消毒」も「畜尿利活用」も、みな、「日本の農業を『有機農業を核とした環境保全型農業』に全面的に転換していく」だれでも取り組める技術である。

 そして今月号では、「耕盤探検隊がさらにゆく――耕盤より上の土にも注目」と題して、自分の土を知る簡単で楽しい方法を紹介した。自分の田畑の「自然循環機能」をつかむ大きな武器になるにちがいない。

「『有機農業を核とした環境保全型農業』に全面的に転換していく時代」は、有機農業であるなしにかかわらず、農家技術の蓄積を学びあい、地域住民・都市民を巻き込んで豊かな農業と暮らし・地域をつくる時代なのである。

(農文協論説委員会)

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