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農文協トップ主張 2008年2月号

品種を活かして地産地商、地域コミュニティを広げる

目次
◆品種を活かしてつかむ三つの「地元のお客」
◆やぶきた中心の茶でも、品種が動き出した
◆業務需要をしっかりつかむための品種の活かし方
◆加工で品種を活かし、物語を添えてアピールする
◆品種を活かして「地域コミュニティ」をつくる
◆品種の食育力を活かそう

「戦後農政の大改革」がスタートし、ライスショック(低米価)とオイルショック(燃料・資材の高騰)に揺れた一年が終わり、新しい年を迎えた。

「今、むらは大揺れ、でもみんな元気でおもしろい」(注)、そんな一年でありたいと思う。

 元気でおもしろい農家は工夫をすすめ、いろんな「名人」になっている。技術も販売も地域づくりも、みんながいろんな名人になって、次代に豊かなむらを伝承していきたい。

 今月は品種特集号である。そこで、品種を活かして、元気でおもしろい「品種活用名人」について考えてみた。

品種を活かしてつかむ三つの「地元のお客」

 自由で多彩で、個性的な品種活用が盛んになり、「品種活用名人」が続々生まれているのが、現代の特徴である。

 多収性、つくりやすさ、良食味などを念頭に、これまでも農家は品種を選んできたのだが、市場やJAの意向にあわせて品種を選ぶという側面も強く、農家が品種選び・活用の名人だったとはいいにくい。しかし、時代は大きく動いた。

 多彩な品種活用を可能にしているのは地産地商の広がりである。そして品種を上手に活用してこそ、地産地商は豊かに、魅力的に展開できる。

 地産地商は、地元で、地元から、「商い」を興すことである。この地産地商を支える「地元のお客」には三つある。

 第一に直売所のお客、第二に地元の業務需要、そして第三は地元出身者だ。

 直売所が増え、安売り競争も始まっているといわれる直売所だが、まだまだ工夫の余地がたくさんあり、工夫をうことで、直売所を一層豊かに盛り上げることが可能なことを、昨年九月号や今年一月号の「直売所名人」が教えてくれた。そして第二の業務需要。地元にも、飲食店、レストラン、ホテル、旅館、病院、学校、福祉施設、商工会などさまざまな業務需要があり、この開拓はこれからだといっていい。合併で大きくなった市町村を「地元」とみれば、地元の業務需要は巨大だ。 

 そして第三は地元出身者。都市に住む団塊世代のほとんどは田舎出身者であり、ふるさとの味、ふるさとからの風を求める心情は強まりこそすれ、弱まってはいない。

 そんな三つの「地元のお客」にむけ、品種の力を活かす、これが現代の「品種活用名人」である。

やぶきた中心の茶でも、品種が動き出した

 はじめにお茶の話をしたい。農文協では『茶大百科』(全2巻)の編集を進め、間もなく発行されるが、今、茶でも多彩な品種活用の動きが活発になってきて、『茶大百科』でも「品種を活かすブランド化戦略と事例」という項を設けている。

 これまで茶の品種といえば「やぶきた」一本やりで、これが全茶面積の七五%を占めている。そんなお茶だが、煎茶の価格が下がり、あるいは、やぶきた+合理化された機械製茶で個性的な茶がなくなったといわれるなか、摘採期の分散も兼ねて、やぶきた以外への品種の関心が高まり、品種の個性を活かそうという取り組みが始まっている。

「希少な特徴ある品種茶の製造販売は、大手企業には真似できない、零細な茶業経営体ならではの強みであると感じている。スモールビジネスとして品種茶を上手に経営に活かすことが、これから必要なことではないか」、そう話す静岡県富士市の秋山勝英さん(07年8月号254頁)。そんな秋山さんのような「品種活用名人」が各地で生まれ、一方、清水市では「まちこ」という品種を核にして、こんな活動を進めている(07年12月号241頁)。 

「まちこ」は、県茶業試験場で育成されたものの、品種登録されなかった「静7132」のこと。清水独特の茶を探していた「清水みんなのお茶を創る会」が「清水のお茶・資源発掘大作戦」と称して、生産者や茶商、小売店、さらに日本茶インストラクターに呼びかけて開催した「清水のお茶・荒茶試飲会」で選抜し命名したものだ。淹れると、ほんわり「桜葉様の香り」(いわゆる桜餅の香り)がするのが特徴である。

 この「まちこ」を清水のブランドにしようと、産地ぐるみ、まちぐるみの取り組みが行なわれている。これまで、生産者と小売店にはお互いに壁があったが、この会は生産者と小売店、関係機関で構成され、この活動を応援してくれる消費者仲間で、清水のお茶サポーターズクラブ「まちこクラブ」も設立されている。「お茶のまちづくり」をめざした活動だ。

 他にも、たとえば高知県大豊町では、在来種のヤマチャを利用した碁石茶で地域づくりを進める動きがひろがり、地方の小さな産地でも茶摘み体験、手揉み体験など、茶文化を届けながら地元の茶を元気におもしろくする取り組みが始まっている。

業務需要をしっかりつかむための品種の活かし方

 宇治茶、静岡茶など、これまで茶業界は全国銘柄を中心に動いてきたのだが、この清水市の「お茶のまちづくり」は地元の関係者が一緒になって、地元消費者や地元業務需要まで巻き込む茶の地産地商の取り組みである。この中心に「まちこ」という個性的な品種をすえる。地産地商には、際立った特徴や個性があり、みんなで盛り上がってしまう品種がほしい。

 ここで、品種特集号でおなじみ、福島県郡山市の鈴木光一さんにご登場いただこう。「直売所の次は、地域の業務需要だ」と言い続け、郡山農業青年会議所のメンバーとともに精力的に活動している鈴木さんの品種活用は、業務需要をつかむために、ますます巧みに展開している。

 特徴的な品種を活用した新ブランド野菜つくりや、「あぐり市」というイベントによって業務関係者との連携を進めてきた結果、メンバーでは、ホテル・レストラン・料亭・飲食店など15〜20の業務と安定的な取引が成立しているという(本号八四頁)。

 そんな地元の業務需要を開拓していく中で感じたことを鈴木さんは、こう述べている。

「『業務』といっても二タイプあるなということです。素材を活かしてオリジナルメニューをつくりたいと考えているタイプの方と、メニューはすでに決まっていてできるだけ安く素材を仕入れたいと思っているタイプの方です。後者のシェフの方も『あぐり市』を見に来ますが、『農家から直接買えば安く入るな』という発想だけでは、取引も長続きしません」

 素材から発想するタイプのシェフなら、カラフルな品種・珍しい品種に必ず反応してくれるという。しかし、地元に潜在的にいるそういう人たちを、実際に自分で探すのは難しい。そこで、「あぐり市」というイベントが活きてくる。「いろんな野菜がならんで、気軽に見られる場があればこそ、『えっ?これ、なに?』と料理する人もインスピレーションが働いて、お互いの出会いの場となるのだと思います」

 業務需要との接点をつくり発展させ、その他の野菜も業務用に提案していく、そのために特色のある品種を活用するのである。

 品種を活かして「地産地商」を進める、その時、農家と料理人やシェフとの結びつきは大きな力になりそうである。

 岐阜県本巣市の農協直売所では、その一番目立つところに高橋恵枝子さんらのサラダセットが置いてある。今や、直売所の顔になってる「サラダセット」は、高級レストランとの付き合いから誕生した。高級レストランのシェフと野菜の取引でわかったことは、「いいレストランは決してサラダに手を抜かない」ということ。サラダはコースの最初にして全体の印象を決めてしまうくらい大切な料理なのである。

 そういうシェフたちと一緒に選んできたサラダ品種を組み合わせて袋詰めし、直売所に置くようになったのが現在のサラダセット。「高級レストランで出しているのと同じサラダが、なんと100円ちょっとで食べられますよ」というアピールは、大変効果的である(本号四八頁)。

 業務需要を担う食のプロと農家が結びつけば、品種選びにもさまざまなアイデアやヒントが生まれ、それは直売所の魅力アップに大いに役だつ。多彩な品種や品目がある直売所やイベントは、業務需要を地元に引き寄せる場になり、こうして地元の農作物を活用する飲食店が増えれば、生まれ育った土地から生まれる新しい味、懐かしい味を求めて地元出身者が仲間を連れてやってくるようになる。直売所―地元業務需要―地元出身者とつながり広がる地産地商にむけ、品種の力を大いに活用したい。

加工で品種を活かし、物語を添えてアピールする

 そして、品種を活かす地産地商で欠かせないのが加工である。大量生産の加工品は品種の魅力を押し出せないが、地産地商の加工なら品種の特徴や個性は大きな力になる。

 埼玉県熊谷市では、熊谷特産の小麦を「熊谷うどん」という熊谷ブランドとして発信する活動が始まっている。「熊谷ブランドであるからには、オール熊谷産にこだわろう」ということで、「熊谷小麦産業クラスター研究会」を中心に、農家・JA・地元製粉所・地元製麺所の連携でうどんをつくり、「熊谷うどん」ののぼり旗を掲げるうどん店を増やし、 学校給食でも「熊谷うどん」を食べてもらう活動に取り組んでいる(本号220頁)。

 品種は「農林六一号」と「あやひかり」。昔からの品種である「農林六一号」は、小麦の風味が強くて色も黒っぽく、やわらかい食感でいかにも地粉らしいうどんに。「あやひかり」は、香りは少ないけれど色が白く、のどごしのいい食感の現代的なうどんに仕上がった。そこで、それぞれの特徴を活かすために粉のブレンドはせず、品種100%で売り出している。

 この取り組みの背景に、地元熊谷市出身・権田愛三への思いがあったと、研究会の松本邦義さんが述べている。

 現在の熊谷市東別府に生まれた権田は、明治から大正時代にかけて、当時の食糧不足を憂い、麦の増産に励んだ。「麦踏み」や「土入れ」を考案し、米と麦の二毛作を提唱。農機具の開発にも尽力し、当時の収量の4〜5倍を得るまでになった。全国各地にも出向き、技術指導や講演をこなした権田は、「麦王(麦翁)」と呼ばれ、ふるさと熊谷に良質の小麦栽培が根付く礎となっている。

「全国に誇れるこんな事実を、地元の私たちすら知らないまま眠らせてしまうのは非常にもったいない」と松本さん。地産地商の加工品には、そんな「物語」がほしい。物語を込めて品種を前面に押し立てた加工品は、食品偽装問題などが取りざたされている昨今、一層強いアピール力をもつ。その加工品の背景にある地域の自然と農業、農家や加工する人々の苦労や工夫がおぼろげながらも伝わってきて、安心感をもたらすからだ。

品種を活かして「地域コミュニティ」をつくる

 地産地商で活躍する品種も、その品種を活かしてつくられる料理も加工品も単なる商品ではない。そして、込められる物語が豊かなぶんだけ、それは人々を結びつける。

「増刊現代農業」やこの「主張」欄でも紹介してきた「鳴子の米プロジェクト」、温泉で知られる宮城県大崎市旧鳴子町で、米を中心に地域のつながりを取り戻し、食と農を基本にした温泉街の新しいもてなしの形を作ろうと活動している地域プロジェクトである。

 このプロジェクトの中心となる米の品種・東北一八一号に最近、名前がつけられた。「ゆきむすび」…同プロジェクト会議が提案した名前で、「人と人を結ぶ米に育ってほしい」との願いが込められている。

 前号一月号の主張「農家と住民がつくる『地域コミュニティ』が時代を動かす」では次のように述べた。

「集落・小学校校区(旧村)という生活圏のなかで守られてきた農村空間の力は『結びつき』によって支えられてきた。なによりも、農業を介した自然との強い結びつきがあり、自然と人間のインタラクティビティ(働きかけ、働きかけ返される関係)がある。そして地域自然を生かして暮らしていく家族の、むらの結びつきがある。この結びつきを地域住民や都市民にまで広げ、農山空間をより豊かにしていく場が『地域コミュニティ』であり、これを地域住民の共同作業=自治として進めていくのが『地域コミュニティ』づくりである。新しい『地域コミュニティ』は農村の根源的な力を生かすことによってこそ、成立する」

「ゆきむすび」がつなぐ「鳴子の米プロジェクト」は、まさに地域コミュニティづくりの取り組みである。名称決定を待ちこがれていた関係者は、「名前に恥じない米に育てたい」と決意を新たにしている、という。

 鳴子に続け!、そんな動きもでてきた。岐阜県下呂市の今井隆さんは、鳴子の呼びかけに応えて「下呂の米プロジェクト」を構想している(本号210頁)。

 鳴子と下呂には、ともに温泉地であること、中山間地であり狭い農地で零細な水田農業が行なわれていることなど、共通点が多い。そして、鳴子には冷涼な環境にも強く粘りがあっておいしい「ゆきむすび」があり、下呂には今井さんが発見した「いのちの壱」(流通名は「龍の瞳」)がある。

 2000年9月、コシヒカリの圃場の見回りをしていた今井さんは、草丈が異様に高い十数本の変異株を発見した。それが「いのちの壱」との出会いだった。

「いのちの壱」は粒が大きく、食味は甘みと粘りが強く、冷めても味が落ちず、夏を越しても劣化が極めて少ない品種だという。

 この米の販売先は基本的に下呂市内とし、現在は温泉旅館や土産物屋、商店やスーパーなどに届けている。ゆくゆくは下呂に来たほとんどのお客さんに「いのちの壱」を食べてもらうようにしたいという。ポン菓子、甘酒、酒、せんべい、おかゆなどさまざまな加工品もやってみたい。

 そんな品種を活かした地産地商で田んぼを守り、子孫に引きつぎたい。今井さんはこう述べている。

「田んぼ自体が、生物のいのちが巡る場所である。お米の命を人がいただいて、自らの命を存える。私が品種名に『いのちの壱』と名づけた理由である。『壱』には『元』という意味が込められている」

品種の食育力を活かそう

 生物のいのちが巡る場所=田んぼを基点に広がる「地産地商」はさまざまな人々を結びつけ、地域コミュニティをつくっていく力になるにちがいない。

 その結びつきに子どもたちを巻き込み、あるいは子どもを地域のにしていくのが、食育の基本であろう。

「売られているものしか食べていない」子どもたちを、自然とともにある「生きものとしての食べもの」の生産現場に連れ出さなければならない。その生産現場は単なる生産の場ではなく、地域の自然と農家が織り成す「歴史的生命空間」である。そして品種は、その地の自然や歴史、農家の思いを映しだし、体現する。その地の伝統的な品種は深い物語を語り、新しい品種は農家の息吹を伝える。品種のもつ食育力を活用し、学校給食も含む地産地商のなかで、食の担い手を育てたい。「食の担い手」づくりと「農の担い手」づくりは、メダルの表と裏の関係にある。

 品種を活かして「地産地商」を広げ、地域コミュニティをつくる。現代の品種活用名人には、豊かで楽しい課題が待ち受けている。

(農文協論説委員会)

(注)「出版ダイジェスト」(2007年12月11日号)は「現代農業特集」。その中で、バイクで回る農文協普及職員が農家の工夫や知恵を学んでいく姿を大判カラーイラストで楽しく描いた。題して「今、むらは大揺れ、でもみんな元気でおもしろい」。ぜひご覧下さい。(pdf形式/1.3MB

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