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農文協トップ主張 2011年1月号

TPP反対の大義
地域コミュニティが地域産業・雇用を創出する

目次
◆なぜ、TPP・貿易自由化路線が急浮上したのか
◆貿易の本質と、TPP反対の大義
◆「地域コミュニティ」による農業、地域産業興し
◆協同の力を強める集落営農=社会的協同経営体
◆雇用を創出し、水田を守り、後継者を育てる
◆「新たな協同の創造」ー農協にとっての大義

 春先の低温・長雨、夏の記録的な猛暑というダブル気象災害に加え、米価が大幅に下落し、さらに追い討ちをかけるようにTPP・貿易自由化の大合唱が始まった2010年。だが、逆境の風が強まるほど地域は鍛えられ、「地域コミュニティ」が希望の拠り所としてその力を発揮する。そんな、新しい年を迎えたい。

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なぜ、TPP・貿易自由化路線が急浮上したのか

 先に横浜で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で菅首相は、TPP(環太平洋経済連携協定)参加に向け「関係国との協議開始」を表明した。「日本は今再び大きく国を開く決断をした」とし、関係国との協議と並行して、「競争力のある農業」めざして農業構造改革推進本部を設置し、2011年6月をめどに基本方針を策定するとしている。かくして、TPPへの参加を正式決定する方向でレールが敷かれたのである。

 なぜTPPが急浮上してきたのか。TPPは、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリが加盟する、関税全廃、例外品目なき自由化を原則とする自由貿易協定で、FTAやEPAよりもさらに強力な、究極の自由化協定だ。これにアメリカ、カナダ、オーストラリア、ペルーなどが加盟または加盟の検討を表明している。アメリカのねらいは、いまや世界の貿易量の4割を占めるほどに経済成長著しいアジア市場により深く食い込むことであり、このアメリカの圧力と輸出企業を中心とする財界の意向を受けて、政府があわただしくTPP参加に動き出したのである。マスコミも、「(GDP)1.5%を守るために98.5%を犠牲にして良いのか?」という前原発言や、「鎖国か開国か」、「このままでは日本は乗り遅れる」などといった財界や学者の「わかりやすい」言動を振りまきながら、TPP路線を後押ししている。ムギ、ダイズなどすでに十分「開国」していることは問題にせず、農業サイドや地方からの反対の動きも紹介しているが、「業界エゴ」といった雰囲気を濃厚にした扱いだ。

 この間、日本も、世界の諸国も、アメリカを中心とする世界貿易体制の影響に振り回されてきた。

 2年前の2008年には、小麦をはじめ世界の穀物在庫が逼迫、穀物輸出国の輸出規制などに投機マネーの暗躍が加わって国際価格が高騰し、低開発途上国では飢餓が拡大するなど、深刻な事態を招いた。この過程でアメリカを拠点とする穀物メジャーは膨大な利益をあげた。一方、原油高騰を背景とした肥飼料、関連農業資材の高騰が農家を苦しめた。

 そしてその後、金融危機という新たな激動がやってきた。アメリカの住宅バブル崩壊を発端に金融危機が世界経済を襲い、不況の嵐が世界を覆いはじめ、事態は大きく様変わりした。原油価格は下落し、穀物価格も不況による需要低迷と生産国の豊作が予測されるなかで「不足」から一転、「過剰」感が強まり、欧米等による穀物輸出戦略が再び強まった。こうした資源や穀物の乱高下の背景には、アメリカを中心に、20世紀最後の30年に現われた新自由主義、世界を単一の市場とみて市場にすべてをまかせる市場原理主義=グローバリズムと、そのもとで暗躍する投機マネーの存在がある。

 グローバリズムによって企業は、際限なく安い労働力と安い資源・原材料を求めて途上国など海外に生産拠点を移し、そのため国内の関連企業も価格破壊競争に巻き込まれ、周辺にも次々と地域破壊が拡大されている。産業の空洞化がすすみ、雇用の縮小、賃金抑制の一方で使い捨て消費文化を煽るという解決不能な泥沼に陥っている。

 そして、実体経済が弱まることが、グローバリズムによる産業と暮らしへの悪影響を増幅させ、その悪影響がさらにグローバリズムを求めるという悪循環をもたらしている。

 2008年の食料危機や金融危機のなかでグローバリズムの危うさが浮き彫りになり、一時はなりを潜めた自由化路線が今再び急浮上しているのは、こうした悪循環が働いているからだ。「安定した食料輸入のためにTPPは必要だ」という食料危機の経験を逆手にとった主張や、賃下げ、低賃金層の増大のもと海外の安い農産物の輸入で国民は助かる式の、古くて新しい主張が、勢いを強めている。

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貿易の本質と、TPP反対の大義

 まるで輸出を維持、拡大できなければ各国とも沈んでしまうような騒ぎだが、本当にそうなのか。

「貿易」も「国際連携」「国際協調」も、大事なことである。しかし、TPPやEPAが進める貿易自由化は、市場原理主義に基づいているがゆえに、「連携」も「協調」も、もたらさない。そもそも、「貿易」とは何か。関曠野氏(思想史家)が興味深い指摘をしている。関氏は「貿易の歴史」を振り返り、その特徴を以下の5点にまとめている(農文協刊『自給再考』より)。

(1)貿易は長らく経済的には周辺的な現象にすぎなかった。

(2)民衆は常に安定した地域的自給の生活で満足していた。民衆が貿易を要求して暴動を起こしたとか、自給していた民族がその惨めさに耐えかねて貿易を始めたといった話は聞いたことがない。

(3)どこでも貿易は富と権力のある特権層により特権の維持と拡大を目的として推進された。

(4)現代の貿易の特徴は、生活様式の絶えざる創造的破壊とそれによる市場の無限の拡大にある。

(5)さらにこの貿易は、共同体や自然に制約されることなく、自由な選択によって欲望の極大的な満足を追求する個人というリベラルな個人主義のイデオロギーと一体になっている。必要な物資の互恵的な交換はこの貿易の本来の目的ではない。

 今日の貿易自由化の特質は関氏が述べているように、「共同体や自然に制約されることなく」市場を拡大し、生活様式と地域を破壊していくことにある。

 TPPに日本が参加し、農産物関税を全面的に撤廃した場合の影響について農林水産省は、国内農業生産額(約10兆円)の4割が失われると試算し、かたや経済産業省は、「輸出が8兆円程度増え、日本経済に大きなプラス」としている。国内農業生産額の大幅減少は農業・農家だけでなく地域の雇用を減少させ、地域経済を疲弊させる。輸出が8兆円増えたとしても、その利益が地域に回る割合は限られるだけでなく、それは世界の地域の犠牲のうえに得られる可能性が高い。一方、中小企業の経営はよりきびしくなり、海外からの「安い農産物」が格差社会を固定化させる。地域の自然も農業も文化も引き継がれず、自国の食文化を享受する国民としての喜びも失われ、おかしな国になってしまう。

 ここに「TPP反対の大義」がある。ひとり農家、農村に留まらず、この国の形をゆがめる重大事である。

 そして、この大義を担うのも「地域」である。グローバリズムの本質があくなき生活様式の破壊、分断化にあるとすれば、これに抗する唯一の砦になりうるものは協同の力であり、地域コミュニティである。

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「地域コミュニティ」による農業、地域産業興し

 今日の地域コミュニティ形成をリードしているのは農業・農村である。農村には、農業・暮らしを介した自然との強い結びつきがあり、自然と人間のインタラクティビティ(働きかけ、働きかけ返される関係)がある。そして地域自然を生かして暮らしていく家族の、むらの結びつきがある。この結びつきを地域住民や都市民にまで広げ、農山村空間をより豊かにしていく場が「地域コミュニティ」であり、これを地域住民の共同作業=自治として進めていくのが「地域コミュニティ」づくりである。新しい「地域コミュニティ」は農村の根源的な力を生かすことによってこそ、成立する。

 日本の農家はこの間、「地域コミュニティ」にふさわしい農業の姿をつくりだしてきた。第一段階は1970年からの、農村女性による自給の見直しである。第二段階は1993年の平成大凶作・ウルグアイラウンド妥結を逆バネに直売所を全国的に広げ、地域住民・都市民との結びつきを飛躍的に強めたことである。そして、第三段階は2008年の金融危機と連動した肥飼料等資材の高騰に対し、堆肥栽培など、地域資源活用・自然循環型の農業、さらには個性的な直売所農法を大きく前進させたことである。

 こうした蓄積のもと、「地域コミュニティ」による農業、地域産業興しが各地で進んでいる。これを可能にするコミュニティ組織の特質や、前進させる条件を整理すると、以下のようになろう。

(1)個別農家が地域コミュニティをつくり、地域コミュニティが個別農家を支える「社会的協同経営体」の形成。ここでは大きな農家と小さな農家の相補関係も成立する。

(2)農家による加工、販売に加え、業種の壁を越えて地元食品企業や商店、観光業、学校、福祉施設などと結びつく「地域という業態」の形成。

(3)国の「水田利活用自給力向上事業」を活用した、米粉用米、飼料米、飼料イネなどによる「米、イネで転作」が地域産業興しの新しい条件としてスタート。

(4)地域コミュニティを活用した次世代育成のしくみづくり。

 以下、それぞれについて、その要点をみてみよう。

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協同の力を強める集落営農=社会的協同経営体

 第一の「社会的協同経営体」は、楠本雅弘氏がその著書「進化する集落営農」(シリーズ「地域の再生」第7巻)で定義づけた言葉だが、今、集落営農はさまざまに協同の力を強めている。

 今月号では、集落営農の先進的事例として知られる島根県の農事組合法人「おくがの村」の糸賀盛人さんに執筆していただいた(350ページ)。

 経営環境がきびしくなるなかで、おくがの村では、低品位米を町内の造り酒屋に持ち込んで米焼酎と物々交換する取り組みや、ナタネをつくって機械に使う油を搾る「菜種プロジェクト」を進め、また、その後に誕生した11の農事組合法人(特定農業法人)との協同を進めている。稲作以外で必要な機械の共同購入を目的に、「わくわくつわの協同組合」を設立。法人設立後に導入した機械は、農機運搬用のキャリアカー、無人ヘリ、汎用コンバイン、乾燥・調製施設、播種機、サブソイラなどで、これらの農機を活用し、各々の法人の不足部分を補っていく。一方では、各法人の担い手確保も重要な事業として位置づけて、Iターン・Uターン等就農者の研修受け入れも協同で行なうこととしている。

「社会的協同経営体」が「地域という業態」形成を進め、次世代育成のしくみづくりをも担っているのである。

「おくがの村が(企業的経営として)集落内の全水田を集積して経営していたら、とっくに破綻していたのではないかとゾッとしている」と糸賀さん。マスコミなどでは、「TPPに参加しても、私はやっていける」「むしろ歓迎する」と発言してくれる企業的農家を必死に探し、無理に登場させているようだが、企業的農家もむらに支えられており、そんな話は極めて特殊な事例である。

 農業・農村バッシングでは、都市と農村、大きい農家と小さい農家の対立を煽るのが常套手段だが、農村では協同の力、大小相補のしくみづくりが進んでいるのである。

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雇用を創出し、水田を守り、後継者を育てる

 (2)の「地域という業態」の形成も、さまざまに進んでいる。業種縦割り中央集権構造によって見えにくくなっている地域資源の価値を見直し、他の業種と連携しながら現代に復活、創造するのが「地域という業態」である。

 いま、小さい農家の六次産業化を支える新しい経営体・受託関連企業が数多く生まれている。本誌で紹介してきた長野県の小池手造り農産加工所は受託加工で女性たちの加工事業を応援している。昨年8月号「『加工で活かす』はオレが引き受けた」の小特集では、規格外野菜の粉末加工を引き受ける奈良県の阿騎野農産物加工組合、色鮮やかに仕上がる減圧乾燥で地域の野菜、果物の有効活用をめざす岐阜県の八尋産業(株)、直売所の「ご当地調味料」を共同開発する愛媛県の義農味噌(株) 、地元異業種6社が連携して「地酢」の生産、委託加工を引き受ける北海道「北見ブランドの会」などを紹介した。食品加工だけでなく、荒廃した竹林整備を請け負う竹肥料製造会社なども生まれている。地域産業を空洞化させるTPP路線とは反対に、「地域という業態」が産業と雇用を創出する。

 そして、地域コミュニティによる農業・地域産業興しの新しい条件をつくりだしているのが、(3)の米粉用米、飼料米、飼料イネなどを活用した「米、イネで転作」である。

 飼料米、飼料イネは湿田などこれまで不作付水田の利用を可能にし、輸入飼料を国産に置き換える日本型畜産への道をひらいた。この意味は極めて大きい。飼料米、飼料イネで地域の畜産を振興し、その堆肥活用やダイズ、ムギなどに飼料イネをいれた輪作をすれば、地力低下や連作障害で収量が低下傾向にあるダイズ、ムギの増収も図れ、加工による地域産業興しもやりやすくなる。TPPで米、牛肉、乳製品などが自由化されれば、せっかく始まった水田の新しい活用法はもちろん、水田農業自体が崩壊の危機にさらされる。日本の水田を守り、「瑞穂の国」を子孫に引き継ぐことは、歴史的、国民的な大義である。

 そして(4)の「次世代育成のしくみづくり」。構造改革によって「強い農業」をつくれば、それで後継者が育つというものではない。むしろ今、後継者育成に力を発揮しているのは、先のおくがの村のように「社会的協同経営体」のほうである。かつて、むらがむらの後継者を育てたように、今、地域コミュニティが後継者を育てる。今月号ではそんな「山の中で後継者が育つしくみ」を紹介した。大分県の清川ふるさと物産館「夢市場」では、直売所の出荷者の高齢化に対応するために直営農場を作り、新規就農者を募集、現在7人が就農している。若い人が増えて集落も元気になり、途絶えていた伝統的な獅子舞や地区の行事が復活した(338ページ)。

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「新たな協同の創造」ー農協にとっての大義

 高度経済成長期の農協は農工間格差是正をめざし、米価値上げによって農家の暮らしを守る闘いを農政運動として展開した。そして減反が始まる1970年代以降は、生産調整と銘柄米で良食味をめざす営農活動の時代へ大きく転換した。その農協はいま、想像を絶する事態に直面している。それは農家の生産費も補償できない再生産価格割れの仮渡し金払いである。農協はこの間の広域合併に伴う支所・支店統廃合で組合員農家とのつながりを弱めただけでなく、得意としていた米価対策についてもその破綻を農家に宣告する結果となってしまった。

 そんな農協の活路をひらいているのは直売・直販である。群馬県のJA甘楽富岡の先駆的な展開はその後、多くの農協に波及し、農協直売所が大きく広がり、地域との結びつきを強める場にもなっている。一方、支所統廃合で農協が撤退したあとには「手づくり自治区」など住民運営の新しい事業体づくりが始まっている。

 第25回JA全国大会で掲げた「新たな協同の創造」の実践が農協の内外で進んでいる。この地域の協同を励まし、後押しする先頭に立つことを農協は期待されている。

 地域の新たな協同をサポートし、協同の思想と組織力を生かして、消費者、国民に農業、農村の価値をアピールし、国民的理解を形成する。そこに農協にとっての大義がある。TPPに反対する農協を「業界エゴ」のように描くマスコミの俗論的風潮は打破したい。

 政府・財界・大マスコミによる、まるで農業が日本経済のお荷物でありガンであるかようなの大合唱をハネ返さなければならない。農業にうとい、少なくない消費者も巻き込まれ、誤った「常識」が形成されてしまうかもしれないからである。

(農文協論説委員会)

●農文協では2010年12月下旬「TPP反対の大義」(ブックレット)を緊急出版する。

こちらもご覧ください

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2011年1月号
この記事の掲載号
現代農業 2011年1月号

巻頭特集:直売所 最前線
さすが農家!の売り方/商品の魅力を高める包装の工夫/直売所で米をもっと売る/直売所の店作り最前線/稲作 今こそ多収に燃える/新米トマト農家がベテランに教わった教科書には書いてない話/リンゴの痛快接ぎ木術/黒豆の力をいただく/山の中で後継者が育つしくみ ほか。 [本を詳しく見る]

 TPP反対の大義』農文協 編

本書では、TPPへの参加がとりわけ暮らしを支える農林水産業や地方経済に大きな打撃を与え、日本社会の土台を根底からくつがえす無謀な選択であることを明らかにし、TPPに反対する全国民的な大義を明らかにします。 [本を詳しく見る]

自給再考 自給再考』山崎農業研究所 編

マスコミを中心に語られている「食料危機」論に欠けているものは何か、危機の核心はどこにあるのか。産業としての「農業」は暮らしとしての「農」に支えられており、それゆえに「自給率」を論じる前に「自給」そのものの意味を広く深くとらえることが必要ではないか。これに西川潤、中島紀一、関曠野、宇根豊(農と自然の研究所)、結城登美雄(民俗研究家)、塩見直紀(半農半X研究所)らの学者・思想家・実践家(農家)それぞれの立場から考え応えていただいた。市場原理スタンダード、アメリカンスタンダードがグローバリゼーションではない。自然と農と食そして暮らしをめぐる循環と信頼こそが重要であり、すでに地球の各地で運動として展開され実績をあげている。それを世界に共通する価値観(グローバルスタンダード)とすべきではないかと訴える。 [本を詳しく見る]

進化する集落営農 進化する集落営農』農文協 編

「集落営農」とは、農業経営や地域社会がかかえる問題を解決し、人びとがはりあいをもって働き、活き活きと住み続けることができるよう地域住民が話しあい、知恵を出しあう協同活動である。必要に応じて自発的に組織されるので、本来多種多様な組織形態と活動実態をもっている。国の構造政策に対応するのが本旨ではないのである。多様な集落営農は試行錯誤と経験を積み重ねて柔軟に進化し、「地域の再生・活性化」と「効率的農業生産」とを両立する「地域営農システム」としての大きな可能性を備えるに至った農地・労働力・資本・情報の新しい結合体である。農村経済更生運動以来の歴史、政策の流れも整理しながら、全国各地の、農協も含めた具体的な実践事例を紹介、その意味と未来を論じる。 [本を詳しく見る]

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