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農文協トップ主張 2011年6月号

原発、自然農薬、TPP
いまこそ、農家力を開花させよう

目次
◆原発の本質は地域の破壊
◆風評被害を跳ね返すこんな取り組み
◆生命と放射線
◆広がる農家の生命力豊かな防除の工夫
◆浮上してきた「TPPで復興」論に大義はない

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原発の本質は地域の破壊

 大震災の被災地の状況は依然として厳しく、原発の危機的状況は続き、避難した方々がいつふるさとにもどれるかのメドは立たず、風評被害も広がっている。

 原発の本質は地域の破壊なのだと、改めて強く感じる。

 今、日本には稼働中の原子力発電所が17あり、54の原子炉が動いているが、いずれも海辺の過疎地といわれるところに立地している。自由化・貿易立国路線の中で林業も漁業も農業も衰退し、経済的な疲弊が進む地域に対し、国と電力会社は原発安全神話をつくり出し、「原発ができれば道路も関連工場もできて地元雇用も増え、人口も増える」と宣伝し、多額の交付金を用意し、公権力まで使った激しい原発誘致を進めてきた。そんななかでも原発反対をつらぬき建設を阻止した地域が、建設された地域より数多くある。農業や林業、そして漁業の先行きを暗くする政治が続くなかで、このカネの魅力をはねのけることは容易なことではなかったはずである。

 1988年8月号の本主張欄では、「農村から世界を変える 農家の反原発運動」と題して、福島県浪江町での反対運動を次のように紹介している。

 東北電力の原発候補地となった福島県浪江町棚塩地区の農家は、この20年間、

 一 原発に土地は売らない

 二 県、町、開発公社とは話し合わない

 三 他党と共闘しない(注……地区の原発反対同盟を「党」になぞらえ、外部の既成政党とは共闘しないという意味)

という三原則に立った反対運動を続けてきた。この三原則を提案した農家は、「私だって日本国民の一員だ。法を守る義務がある。だから、三里塚みたいに学生が押しかけて血が流れてはまずい。法を犯さないで百姓にできる一番強い方法は何か。地権者が肝心の土地や共有林を手放さなければ、学生に応援を頼まなくても反対はできるんだ」と話している(西山明『原発症候群』批評社)。

 土地を売らないだけの、静かなたたかい。しかし静かなたたかいだからこそ、そこに暮らし続け、農業をやり続けながら、20年も原発をはねのけ続けることができた。また、そこに暮らし続け、農業をやり続けることそのものが地域に原発をつくらせなかったともいえる。

 反対同盟の会長であり、また町の農業委員でもある舛倉隆さん(七四歳 注・当時)は、次のように語っている。

「原子炉の安全性や放射線の子孫への影響など、人類の未来に責任を負える原子力の体制はない。この村で暮らそうという人間に責任をとれない原発は不要なんだ」

 この村で暮らし続けるというところから、原発をとらえる。そして、暮らし続ける人間に責任をとれない原発はいらないという。

 今回の事故を起こした原発は東京電力のものであり、浪江町に計画されていた原発は東北電力が東京電力に電気を売るためのものだった。浪江町に原発はつくられなかったが、今回の原発事故で避難地域に指定された。せっかく阻止したのにという悔しい思いがあるかもしれない。あるいは、風評被害が広がるなかで、福島は首都圏に電力を供給してきたのに、なぜ、福島の農業や農家を支えてくれないのか、という悔しさもあろう。

 原発の本質が地域の破壊であることを、立場を超えて思い起こし共有したいと思う。

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風評被害を跳ね返すこんな取り組み

 原発事故による実被害は東京電力にきっちり賠償してもらうことを前提に、ここでは風評被害の克服にむけた農村と都市の連携について考えてみたい。今月号では急遽、震災についての小特集を組んだが、そのなかで、「福島の農業を応援してくれる人がこんなにいた!」と 福島・二本松農園の齋藤登さんがこう述べている(350ページ)。

「県内の農産物は、原発問題が発生した以降、風評被害でまったく売れず、大暴落です。私は、この現状をインターネットのブログを通じて発信しました。そうしましたら、全国から『福島県の野菜を買って福島県を応援したい』というネットでの励ましが、なんと数千件も寄せられたのです。(略)。ここで福島県の農家と全国の消費者を直接結びつけるシステムをつくれば、新しい何かが生まれる、と私は思いました。そこで3月30日の午後から、当農園のウェブショップ(ホームページ)に、まずは当農園周辺の農家の野菜を、そして徐々に寄せられる情報を通じて、当農園から遠く離れている県内農家のニラ、シイタケなども次々掲載していったのです。その結果、始めてから1週間で、北海道から沖縄までご購入いただいた方は600人、販売した商品が800点、野菜等の総重量は4t余りとなり、反響の大きさに驚いているところです」。

 東京、青山で毎土日曜に開催されている産直市「マルシェ・ジャポン」ではこんな取り組みが進んでいる(352ページ)。

 4月2日、5組の茨城県の農家が出店した。5組のうち、茨城県西部の古河市にある(有)サンワアグリビジネスは20戸の農家で構成する法人で、レタスやハクサイなどをおもにつくる。露地野菜だけに放射能の影響は心配だ。そこで独自に放射能検査を開始。放射性ヨウ素・セシウムの検査を週に1回以上行ない、さらに簡易検査として放射線の線量測定を週に5回以上続けてきた。だが、問題になるような数値はまったく検出されず、このマルシェの場でもレタスのわきに分析結果を表示していた。

 その効果もあってか、店番として来ていた竹村正義さんが「休む暇がない」とこぼすほどの繁盛ぶりだ。

 だが、分析結果を示しているからよく売れるというわけでもなさそうだ。

 隣に出店していた水戸市の法人経営農家、(株)テディの林俊秀さんによれば「『エッ、茨城産!』といって、放射能のことを気にするようなお客さんはほとんどいない。100人に1人くらいですかね」とのこと。林さんは80aのハウスでパプリカを栽培。地元JAのほか、都内の量販店や業務用などいろいろな販路を持っていたが、原発事故で引き合いがガクンと落ちた。「売れないと嘆いているだけでなく、人がいるところへ行って売ってみよう。それでダメなら諦める」という思いで、前の週からここへ出店するようになったそうだ。

「私ら、まだここに立っていられるだけいいですよ。東北には、避難所で悔しい思いをしている農家、苦しんでいる農家がたくさんいる」

 林さんたちは、売り上げの一部を義援金として東北の被災者に送るそうだ。

 一方、こういう時こそ、流通は本来の役目を果たすべきだと、「打倒、風評被害」に立ち上がった流通・小売もある。東日本各地の農家とつながりを築きながら、レストラン「農家の台所」で有名になった東京・国立ファームの松尾一俊さんは次のように述べている(354ページ)。

「『安全性に不安があるすべての商品の取り扱いを中止する』という選択は非常に簡単で、効率的なものです。しかし、いったん売り場から排除されてしまった商品をふたたび取り扱えるようにするには、消費者の意識にすり込まれた安全不安が完全に払拭されなければならず、簡単に回復できるものではありません。たとえ少量・一部の商品になってしまおうとも、商品個別の安全性を確認し、店頭に並べ続けていくことこそが販売現場の取るべき本来の姿です」。

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生命と放射線

 ここで、風評被害をもたらしている放射線について考えてみたい。

 地球が誕生したのは46億年前、生命が誕生したのは27億年前、その原始の生命は深い海の底で海水の温度も高いところで生まれたとされている。何故浅い海に生命が生まれなかったか? その大きな理由の一つと考えられるのが生命に有害な宇宙線(高エネルギーの放射線)である。生命が浅い海に移動してくることができたのは地球に磁場が形成され、有害な宇宙線の進入を防ぐことが出来るようになった27億年前頃。そして、生物が陸上に進出してきたのは紫外線を防ぐオゾン層が形成された5億年前。このように生命は宇宙線や紫外線などの有害な放射線の届かないところで生まれ、そして危険がなくなったところに進出していったのだ、と考えられている(原子力教育を考える会「よくわかる原子力」より)。

 生命にとって放射線は本質的に相容れないものなのである。だから放射線への警戒は理にかなったことで、とりわけ、子育て中の母親やこれから生命を育てる若い女性が敏感になるのも当然といえる。

 しかし、危険なものに対して一定の許容力(キャパシティ)をもっているのも生命の本質である。放射線もごく微量ながら地球上に存在し続けている。食品中の放射性物質について安全の基準値が設定されているが、まずはこれを許容範囲としてみんなで受け止める。ゼロか1か、完全無欠の安全性に心を奪われて人々が孤立化することは不幸を広げる。直売所では農家の笑顔が安心をもたらしている。農村から都市へ、人々の絆を深めることで不安から生まれる風評被害を打開したい。

 原発がもたらした風評被害を克服する力もまた地域にある。地域の力が発揮されるようみんなで支援する。津波の被災地を含め、国・政府、自治体は地域を全面的にサポートしなければならない。卸売り市場や流通企業なども風評に乗るのではない、相応の社会的責任があるはずだ。

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広がる農家の生命力豊かな防除の工夫

 今月号は減農薬特集号である。巻頭特集は「納豆菌で減農薬」。今注目のえひめAIなど農家の手づくり資材、米ヌカやスギナなどの「自然農薬」、さらには石灰防除や尿素の利用など、農家の工夫はどんどん深まっている。生命と相容れない放射性物質とはちがい、こちらは、発酵の力や身近な植物を活用したり、肥料で作物の抵抗力を高めたりする、生命力豊かな防除の工夫だ。

 ところがそんな農家の工夫に水をさすような、おかしな話がある。「特定農薬」制度をめぐる動きだ。

 先月・5月号(348ページ)で詳しく紹介したが、今年2月4日付けで「特定農薬(特定防除資材)の検討対象としない資材に関する指導について」という文書が農水省消費・安全局長と同局農産安全管理課長名で地方農政局や都道府県宛に出された。

 特定農薬についてはこれまで、食酢と重曹、土着天敵が指定され、それ以外の候補資材の多くは「使用者が自分の判断と責任で使うことは可能」とされてきた。ところが今回の文書では、293種類が「検討対象としない資材」とされ、このうち207種類については、農薬として販売することはもちろん、農薬として使用した場合についても「取り締まりの対象とする」という。木酢液などは「特定対象指定の検討対象」になっていてこれまでどおり自己責任で使えるが、本誌にもよく登場する「海水」や「籾殻酢液」(モミ酢)「灰(かまどの灰)」「消石灰」「光合成細菌」「竹林菌」(土着菌のことか?)などは、検討対象からもれてしまった。

 これらの資材が特定農薬の「検討対象としない」ことになった理由は、これらを特定農薬として積極的に販売しようという業者がいないとか、使用実態の報告がないとか、それほど危険ではないといった点が挙げられるが、そんな農薬そのものの評価とは関係ないところで線を引かなければならないのは、防除効果が明確でないからである。検討対象として残ったものも含めてこれらの防除効果を国としては保証できない。そんなものを「特定」という冠がついているとしても「農薬」とするわけにはいかないだろう。だから、これらを「農薬として」販売することを禁止するというのはわかる。

 しかし、農家の使用についてまで取り締まるのはおかしい。そもそも「農薬」でないのだから、「農薬として」使いようがない。消石灰は細胞を強化し病気に強くするカルシウム肥料である。その他についても、「病害虫に効果があった」「防除に役立つ」というのが農家の実感だが、その効き方は、化学農薬のように特定の化学物質が殺菌・殺虫するという効き方とは根本的にちがう。多少の殺菌、殺虫作用をもつものもあるが、これらの手づくり防除資材の効き方は複雑かつ総合的である。農家によって使い方も効かし方も効き方も違ったりする。

 今月号では「自然のものや食品で減農薬」のコーナーも設けた。記事にでてくる様々な「自然農薬」は農家の身体にもサイフにも周囲の環境にもやさしく、つくり方から使い方まで自在に工夫できておもしろい。化学農薬とちがうその魅力に愛着を込めて「自然農薬」と呼んできたわけで、取り締まるような「農薬」ではない。

 安全性についても問題があるとは思えない。天然物だから安全などというつもりはないが、安全性の面もあって「検討対象」になっている木酢液にしても、農家によく使われるようになって20年以上の間に、木酢液で農家が健康を害したとか、散布した農作物を食べたのが原因で健康を害したという話は聞いたことがない。

 農水省は「ギチギチに取り締まれるとは思っていない」そうだが、指導現場ではむしろ逆に農家の工夫を励ましてもらいたいと思う。直売所を広げ、地域住民や都市民との結びつきを強めるなかで、農家は手作り防除資材の工夫をどんどん膨らませ、農家力を開花させてきた。

 手作り防除資材は地域の自然、地域の生命を活かし、ともに生きる農家、地域の元気の象徴である。

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浮上してきた「TPPで復興」論に大義はない

 最後に、TPP(環太平洋経済連携協定)についてふれておきたい。財界などから「TPPで復興」論が浮上してきたからである。

 元経済財政政策担当大臣の大田弘子氏(政策研究大学院大学教授・副学長)は、「いまこそ成長戦略を重視し、加速させる」ことが重要だとし、そのために「TPP交渉参加を先送りすべきではないし、法人税率引き下げも撤回すべきではない」と述べ(産経新聞 4月15日)、日本経団連会長・米倉弘昌氏は『文藝春秋』5月号の「震災に負けない『日本経済復興プロジェクト』」のなかで「日本経済復活のために政府に求めたいのが、TPPへの参加である」と述べている。

 一方、小泉内閣の経済閣僚を勤めた竹中平蔵氏は、「農業は再生してもらわなきゃならない。しかしその時の農業はTPPに対応できるような、今までとは違う未来の農業になっていますという形にしなければ」と発言している(4月1日・ウェークUP)。

 冗談ではない。被災地の苦しい生活を支えているのはその地に生きてきた人々の助け合いであり、原発で避難を強いられている人々の願いは一日でも早くふるさとにもどることであり、むらでともに暮らすことである。小さい農家を排除し、大規模・企業的経営だけでいいというTPP対応型農業にむらはない。むらや地域をゆがめ破壊する点ではTPPと原発は共通している。

 農文協では『季刊地域』最新号で総力特集「TPPでどなる日本?」を組み、大きな反響を呼んだブックレット『TPP反対の大義』の続編として『TPPと日本の論点』を発行した。

 TPP反対の広がりのなかで築かれつつあった地域でのさまざまな連携や農業への国民的理解、それこそが復興へ道筋を示し、復興への確かな推進力になるものだと思う。

 その土台に農家力がある。今こそ農家力を開花させよう。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2011年5月号
この記事の掲載号
現代農業 2011年6月号

巻頭特集:納豆菌で減農薬/自然のものや食品で減農薬/石灰防除革命/尿素で減農薬/スワルスキーカブリダニ/冷春・激夏で大発生した病害虫/病害抵抗性誘導/病害虫対策相談室/農家の底力で大災害を乗り越える ほか。 [本を詳しく見る]

自然農薬のつくり方と使い方 自然農薬のつくり方と使い方』農文協 編

自然農薬による防除は植物自身が持っている抗菌・殺虫成分を利用する。本書では煮出し、木酢、砂糖による発酵とそれぞれの方法で植物の成分を引き出し効果的に活用している3人の実践をわかりやすくイラストで紹介。 [本を詳しく見る]

TPPと日本の論点 TPPと日本の論点』農文協 編

政治、経済、財政、金融、地方自治、労働規制緩和、食、医療(保険)、生物多様性、環境などTPPがもたらす数多くの問題を徹底分析。 [本を詳しく見る]

季刊地域No.05・2011年春号 総力特集 TPPでどうなる日本? 季刊地域No.05・2011年春号 総力特集 TPPでどうなる日本?』農文協 編

「季刊地域」編集部 季刊地域ホームページ 「TPP反対の」特設サイト TPP反対の大義・特設WEBサイト [本を詳しく見る]

核の世紀末 農家が教える 農薬に頼らない病害虫防除ハンドブック TPP反対の大義

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