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農文協トップ主張 2011年4月号

食べものも医療も地域経済も台無しにする「平成の『壊国』」
TPPは農業問題ではない

目次
◆TPPの本質は日米経済の一体化
◆農業より前に食べものが危ない
◆医療改悪でアメリカ並みの健康格差社会に
◆役場の発注を英語で
◆自由貿易でトクをするのはごく少数の企業

 TPPについて、政治的な立場の違いを超えて反対論・慎重論が急速に広がっている。『TPP反対の大義』(農文協刊)は、さらに売れ行きを伸ばし、注文に増刷が間に合わないほどだ。それだけ多くの人が、東京のマスコミのTPP報道があまりにも一面的であることに気づき、まっとうな情報を求めてもどかしい思いをしてきたということだ。

 一方、農家のなかには「息子や娘は会社に勤めて給料をもらっているのだから、少しは景気がよくなるように農業もがまんしないと」と思っている方もいるかもしれない。

 そういう方にここではっきり言っておきたい。そんな気遣いをする必要はさらさらない。なぜなら「TPPは農業問題ではない」からだ。菅直人首相や経済三団体のおえら方がご託宣のように「TPPと農業再生の両立」をセットで言いたてるのは、「農業さえなんとかすればTPPはいいことずくめだ」というありもしない幻想を国民に植えつけ、「国益対”遅れた”農業」という対立図式になんとか持ち込もうという巧妙な目くらまし作戦にすぎない。

 そんな作戦にのってはいけない。

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TPPの本質は日米経済の一体化

 ではなぜ「TPPは農業問題ではない」のか。その話の前に、TPPについて、ごく簡単におさらいしておこう。

 TPP(環太平洋経済連携協定)はチリ、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイの4カ国間で2006年に締結された経済協定(FTA)である。もともと貿易依存度が高い国同士の小じんまりした経済協定であったが、アメリカが参加の意向を示したことで一転、アメリカ主導の一大経済連合に変貌する(参加表明国は、オーストラリア、ペルー、マレーシア、ベトナムを加えた計9カ国)。ふつうFTAではそれぞれの国が重視する農産物の関税を高く設定するなどの例外措置があるが(たとえば米韓FTAでは米は関税撤廃の対象外)、TPPの特徴は「2015年までに工業製品、農産物、金融サービスなど、すべての商品について、例外なしに関税その他の貿易障壁を撤廃する」ことにある。

 これにもし日本が加わったらどうなるか。少し考えればわかることだが、これら10カ国の経済規模を比べれば、アメリカと日本がダントツに大きい。GDPでいえば、アメリカが10カ国全体の67%、日本が24%、この2国で90%以上になる。「環太平洋」とはいいながら実質は日米自由貿易協定なのだ。しかもそれを例外なき貿易障害の撤廃、つまりは「日米経済の一体化」という過激な形で実現しようというのが、TPPの本質なのである。

 アメリカがTPPへの参加を決めた背景には、アメリカの輸出拡大政策がある。政権発足当初、内需拡大を唱えていたアメリカのオバマ大統領は、思うように景気が回復せず、失業率も高止まりするなかで輸出路線に転換、昨年1月の一般教書演説では5年間に輸出を倍増し、アメリカの労働者の雇用を守るとぶち上げた。アメリカのTPPへの参加表明はこの演説の2カ月ほど前である。

 アメリカがいま輸出を大きく伸ばせる可能性がある国といえばまず思い当たるのは日本。TPP参加=日米経済の一体化とは、要はアメリカのいいなりになって、その輸出倍増計画・雇用拡大計画に協力するということなのである。

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農業より前に食べものが危ない

 さて、いよいよここからが本題。TPP参加が国民の生活にどんな影響をもたらすかだ。

 あきれたことに、この点について菅首相をはじめ、政府はこれまできちんとした情報を国民に開示していない。「農業以外の分野への影響はよくわからない」などということを一国の首相が国会の場で平気で述べている。これではまるで契約書も見せないでサインを迫っているようなものではないか。外務省がしぶしぶ提出した資料によれば、TPP交渉には24もの分科会があるという。農業の関税撤廃は24の分科会の一つにすぎない。関税にかかわる分科会ですら3つしかない(農業と工業と繊維・医療品)。金融、電気通信などサービスにかかわる分科会が5つ、公共事業にかかわる「政府調達」、投資、労働、知的財産権、衛生植物検疫、紛争解決などまだまだ分野があるのだ。

 そしてどうやらアメリカの関心は関税より非関税障壁の撤廃や金融・サービス、投資にあるようなのだ。TPPに日本が参加すれば、食品や金融・サービス、雇用、公共事業の発注などあらゆる分野において、アメリカは国際スタンダードという名の「アメリカスタンダード」を、法的な根拠をもって押しつけることができるのだ。つまりTPPは(貿易に限定される)日米FTAというより、より広範な経済社会制度万般をアメリカ流に合わせることを強要される、超過激な日米EPAなのである。

 そうなると、どうなるか。たとえば食べものについて考えてみよう。

 日本はBSE(牛海綿状脳症)対策として、アメリカからの牛肉の輸入を月齢20カ月以内の危険部位を除去したものに制限してきたが、アメリカは再三にわたってこの制限を緩和するよう求めてきた。日本がTPPに参加すれば、アメリカはこの制限が「非関税障壁」であるとしてまっさきに撤廃を求めてくるだろう。また、日本は柑橘類などの収穫後に使用する防カビ剤などの農薬(ポストハーベスト農薬)の使用を認めていない。そこでアメリカからの輸入柑橘などに使用される防カビ剤については、「食品添加物」として認可している。これについても、アメリカはポストハーベスト農薬そのものを認めるよう圧力をかけてくる。なぜなら食品添加物には表示義務があるが、農薬にはないからだ。さらに、食品添加物についても許認可を簡素化し、次々と認めるよう要求してくるのは間違いない。TPPによって安全性の保証されない牛肉や、どんな農薬が使用されているかわからない果物、食品添加物まみれの食品などがどんどん輸入できるようになるということだ。

 こうした要求をさらに強化するのが訴訟権である。TPPの24分科会のひとつに「紛争処理」がある。「紛争処理」といえば聞こえがよいが、外国企業が自分たちの利益を損なう規制に対して、政府を訴えることができるというような内容なのだという(以上「消費者から問うTPP」シンポジウムでの安田節子氏の報告より)。

 たとえば食品の安全性の確保のために遺伝子組み換え農産物使用の有無や原産地表示を求める、あるいは地産地消の観点から地元食品企業の食材を学校給食に優先的に供給するといった施策に対して、外国企業が利益を損なう差別的な規制として日本政府に損害賠償を求める、というような事態さえも想定されるのである。

 このように政府や財界のいう「高いレベルでの経済連携」とは、食べものでいえばアメリカのスタンダードに合わせて、食品の安全性に関する基準を引き下げることにほかならない。TPPに日本が参加すればアメリカはそれを法的強制力をもって進めることができるようになるのである。

 農業の危機より前に日本の食卓の危機が目前に迫っているのだ。

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医療改悪でアメリカ並みの健康格差社会に

 次に気になるのは、これも国民のいのちに関わる医療や介護、健康保険の分野への影響だ。

 この問題については日本医師会をはじめ、医療の現場から早くから反対の声が上がっている。

 日本の医療はこれまでも、アメリカからの再三の圧力によって市場原理主義の導入を求められてきた。そのひとつが混合診療(保険診療と保険外診療を併用すること)の全面解禁である。混合診療を全面解禁すれば、診療報酬によらない自由価格の医療市場が拡大する。これは外資を含む民間資本に対し、魅力的かつ大きな市場が開放されることを意味する。そのぶんだけ、公的医療保険(健康保険)の給付範囲は縮小される。自由価格の市場では医薬品や医療機器も高騰し、患者の所得によって受けることができる医療に格差が生じることになる。

 そうしたなかで、株式会社の医療機関経営への参入もすすんでいく。TPPの24分科会のひとつに「投資」がある。混合診療の全面解禁によって自由価格の医療市場が生み出されれば、そこは、外資を含む株式会社にとって魅力的な「投資先」となる。営利を追求しない医療法人に比べて株式会社は配当のために、より大きな利益を確保する必要が出てくる。そうなるとコスト削減のために医療の質が低下したり、利益追求のために、不採算な患者や部門、地域から撤退したり、医療経営そのものをやめたりというようなことが頻繁に起こってくる。企業は儲けのために、保険外診療の拡大をはかるだろう。そうなれば公的医療保険の適用範囲はますます縮小していく。

 TPPによって医療従事者の国をこえた移動も進む。すでにEPAによってインドネシアからの看護師や介護福祉士の受け入れが始まり、体制の不備も指摘されているが、こうしたことが医師や看護師を含めて全面的に進むことになる。それが地方の医師不足の解決策になればよいがそう甘くはない。市場原理主義がすすんだ医療では優秀な人材は国際社会から投資が集中した地域に集まっていく。豊かな国と貧しい国、豊かな地域と貧しい地域の間で医師の数がますます偏っていくのである。こうなると市場として魅力のない地方の医師不足はますます深刻になり、地域医療は完全に崩壊する。

 外国からの患者の受け入れも増える。すでに規制緩和によって、中国などの患者が医療ビザで日本に入国し、高度な医療や検査を受けられような「医療ツアー」がスタートしている。こうした動きが盛んになれば、中国の富裕層が自由価格で高度な診療を受ける一方で、日本の患者の診療があとまわしにされるような事態になりかねない(以上、日本医師会「日本政府のTPP参加検討に対する問題提起」を参考にした)。

 保険外診療が拡大して、健康保険が頼りにならないとなれば、国民は医療への出費への不安からこぞって民間医療保険に加入する。日本はすでに世界第二の保険大国である。国民の大多数が毎月決まった保険料を長期にわたって払い続けるようなゆとりがあり、しかも消費を犠牲にしても将来に備えようするような心性をもつ日本は、世界の保険会社にとってぜひとも参入したい市場なのだ。

 じつは、がん保険などの医療保険の分野は早くからアメリカ系保険会社に門戸が開かれていた。それどころか、一時日本国内の生保・損保が参入できないようにしてまで外資の既得権益が保護されてきたのだ。いま毎日CMで目にするカタカナ名前の外資系保険会社はこうして日本に地歩を築き、経営危機に陥った国内の中小生保を次々と買収していった(以上、関岡英之「奪われる日本―「年次改革要望書」アメリカの日本改造計画」『文藝春秋』2006年1月号より)。

 TPP参加による国民皆保険の解体・弱体化は、こうした外資系保険会社に大きなビジネスチャンスを提供するだろう。

 日本の医療はWHOの報告でも、健康長寿、健康達成度の総合評価で世界一と認定されている。そのベースは(小泉=竹中の医療制度改革という名の医療費削減によってだいぶ揺らいできたとはいうものの、)所得にかかわらず一定レベルの医療が受けられる国民皆保険制度なのだ。この世界に冠たる国民皆保険制度が、TPPによって崩壊の危険にさらされているのである。その先にあるのは、アメリカのような、低所得者が十分な治療を受けることができない貧困大国=健康格差社会である。

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役場の発注を英語で

 TPPの「政府調達」の分科会では、政府や自治体などで物品やサービスを発注するときのルールが扱われる。役場や市役所・県庁で備品を注文したり、建築工事を発注したりするとき、一定金額以上については英語で公開し、外資が参加できようにしなければならなくなるだろう。このほか郵貯や簡保といった郵政資金の運用へのアメリカ企業の参加、自動車の排気ガスや安全基準のアメリカ並みへの引下げなど、「国を開く」というと聞こえはいいが、アメリカにとって売りにくい日本側の制度・条件はすべて「非関税障壁」とみなされる。要はなんでもアメリカのスタンダードに合わせろという乱暴な話なのだ。TPP交渉への参加は「百害あって一理なし」なのである。

 経済評論家のなかには「TPPがどんな議論になるのかわからないから、とにかく早く参加して、日本に有利な方向に議論を導けばいいではないか」という人もいる。しかし、本当にそんな甘い話が通るかどうかよくよく考えてみる必要がある。TPPについては日本に有利な要素はほとんどない。それなのに、政府はTPP推進のための「国内対策」の一環として、農業、農地、森林(水源が心配だ)から食品添加物や医療・医薬、金融など多岐にわたる分野の規制緩和を、行政刷新会議傘下の規制・制度改革分科会で着々とすすめつつある。三月には蓮舫氏がその集中討議を「規制仕分け」と称して実施するというから、マスコミの多くはまた喝采を送ることだろう。

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自由貿易でトクをするのはごく少数の企業

 農家を悪者にし、日本国民に幻想をふりまく――この手法はいまにはじまった話ではない。ガットウルグアイラウンド交渉(1986〜93年)の時もそうだった。農民作家の山下惣一さんは「コメ開国」を振り返りながらこう問いかける。

「当時は農業叩きがすさまじくマスコミは連日大々的に報道した。『農業は東南アジアに移せ』といわれ『コメ自由化でサラリーマンの税金をゼロにしよう』というキャンペーンを張った新聞さえあった。農産物市場は次々に開放され、日本は世界の225の国や地域から年間5800万トンもの食料を輸入し、(中略)世界の主要都市の中で東京がもっとも食料品の安い都市となった。この期間に農家総所得と生産者米価は半値になり、コメ作りの時給はいまや179円(2007年産)である。稲作農家は泣いている。それでサラリーマンの税金は安くなったか。給料は上がり、暮らしは良くなったか。」(季刊地域5号、未定稿)

 2002年以降、自動車や電機をはじめとした日本の巨大企業は輸出増によって利益を増大させたが、その多くは役員報酬、株主配当に回され、人件費は抑制されたままだ。90年代からの非正規雇用の拡大によって所得格差は拡大し、国民年金や国民健康保険に占める非正規雇用者の割合と不払いが増加している。経済学者のなかには大企業が潤って、景気がよくなれば、社会全体が潤うという人がいるが、そうならなかったのは明らかだ。それどころか労働の非正規化が年金や健康保険といった社会保障の根幹をも揺るがしているのだ。

 自動車や電機などの巨大企業やその下請企業は日系ブラジル人やフィリピン人などの外国人労働者を大量に採用することでコスト削減に成功したが、それらの多くの人が職を失い、外国人集住都市では地域社会や教育に大きな問題が発生し、自治体が対策に苦慮している。輸出型巨大企業の膨大な社会的コストの一端がここにある。

 日本はもともとGDPに占める輸出の割合が17.5%、輸出で稼ぐしかない韓国などとは違って内需中心の国なのだ。日本の輸出総額の約50%は自動車・電機・機械・精密など上位30社が占める。TPP推進によって関税撤廃、規制緩和され、労働力が自由に移動できるようになってトクをするのはわずか30社ほどの多国籍化した巨大企業にすぎない。

 その利益に沿うような規制緩和がどのような結果を招いたかは、すでに小泉=竹中路線の経験でわかっていることではないか。

 山下惣一さんはTPPについて「行き先も確かめずにバスに乗ってはいけない」と書いている。食べものも、医療も、農業や環境も、日本のいいところが根こそぎのなくなり、子孫に災厄を残すような愚かな選択をしないために、農家は率先して声を上げる責任がある。

(農文協論説委員会)

(注)農文協は山下惣一、安田節子、関岡英之氏らも執筆する『季刊地域5号』「総力特集 TPPでどうなる日本(仮題)」、およびブックレット『TPP反対の大義第2弾(仮題)』の2冊を鋭意編集中、4月初旬発行。広範な反TPP運動の展開のための資料として活用していただきたい。

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