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農文協トップ主張 2012年2月号

米韓FTA、北米自由貿易協定(NAFTA)にみる
TPPの恐るべき危険性

目次
◆TPP参加への警鐘――米韓FTAの危険性
◆地場産学校給食も提訴の対象に
◆日本と韓国では国の事情も国家戦略もちがう
◆NAFTAに翻弄されるメキシコでは

 TPP参加を巡る日米の事前協議が開始される。

 すでに、全米製造業者協会、米商工会議所、米国農業連合会、証券業・金融市場協会などアメリカの主要経済団体は、日本の参加を意識して、「いかなる分野、生産物、サービスも市場開放や貿易・投資の中核的ルールから除外してはならない」、「除外規定は、米国の企業、労働者が得る経済的好機を減らし、米国の競争力を低下させる」と宣言し(昨年10月、オバマ大統領への書簡)、一方、野田首相のTPP協議入り表明を受けて、アメリカのカーク通商代表は早々と「日本は製造業と農業の両面で市場を開放しなければならないことをよく理解している」と期待を示した。この期待、要求を飲ませたうえで日本を参加させ、本年末までには交渉妥結を図るのがアメリカの筋書きである。

 先月1月号の主張「反TPP これからの闘い方」では、「アメリカの目論みを鮮明にし、これを阻止するには、国際的な視点、国際的な連帯も必要になる」と述べ、米韓FTAや、北米自由貿易協定(NAFTA)下のメキシコについて簡単にふれたが、これを詳しくみながら、TPPの危険性を明らかにしたい。

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TPP参加への警鐘――米韓FTAの危険性

 韓国の議会は昨年12月、米韓FTAの批准を可決した。議場は催涙ガスで白くかすみ、怒号が飛び交う中での強行可決だった。大統領の署名も終わり発効するが、野党は4月の総選挙にむけ「無効闘争」を強めている。

 米韓FTAについて韓国のマスコミはその内容・問題点を全くといっていいほど報道していない。日本の大マスコミもひどいが韓国はそれ以上だ。それでも若者層を中心に反対の声が広がっているのは、ネットなどを通してその不当性が知られるようになったからである。以下、柳京熙氏(酪農学園大学准教授)の論文「韓国のFTAを取り巻く政治・経済的意義と経済的影響について」(「国際農業・食料レター特別号」No.163・全国農協中央会)や、通商問題に詳しい韓国の弁護士・ソン・氏のTPPに関する著作(注)などをもとに、米韓FTAでアメリカが何を求め実行に移されようとしているか、を整理してみよう。それはそのまま、TPPに参加しようとしている日本への警鐘にもなるからだ。

 米韓FTAは多岐にわたるが、たとえば医療・医薬品部門では、経済自由区域で健康保険適用指定制が例外扱いとなり、病院の株主または債権者に対する利益配当も許可された。仁川、光陽、釜山などが先行的に経済自由区域に指定され、仁川では600病床(全て個室)規模のニューヨーク基督長老会病院が建てられている。医療費は経営者自ら決めることができ、その額、健康保険指定医療費の6〜7倍、株主の利益配当もできるようになった。

 日本医師会は、TPP参加によって外国医療資本の参入や混合診療(保険外診療の併用)の全面解禁などが実施されれば、国民皆保険制度の形骸化や医療費高騰をもたらし、ビジネスには不利な大都市以外の地域や低所得者むけの地域医療が崩壊する危険性が高いとしてこれに反対している。米韓FTAによって「韓国の脆弱な医療システムを辛うじて支えてきた公共性が根本的に揺らいでいる」と柳氏は指摘している。

 食品安全性の分野では、米国産牛肉の扱いがある。アメリカはしばしば、BSE(牛海綿状脳症)の危険部位の除去を行なわないまま輸出して問題を起こしているが、米韓FTAによって韓国は米国産牛肉の安全性について疑いをいだいても、その危険性を「科学的に」立証しなければ輸入を拒むことはできなくなった。売る側ではなく、買う側に立証責任があるというのだがら驚きだ。日本は韓国より厳しい「生後20カ月以内」を基準にしているが、アメリカはこれまで以上に強く規制緩和を要請してくるだろう。

 遺伝子組み換え食品(GMO)についてもアメリカの基準を押し付けられる。アメリカのGMOに関する事前検査は企業の書類審査のみで表示義務もなく、輸入に際しても、別途の承認や検査を必要としない。「GMOに関わる規制措置を事実上放棄したために、国民健康の安全は確保できない状況である」と柳氏は警告している。

 表示義務を課している日本に対してもアメリカは、輸出の障害になるとして表示制度を廃止するよう求めてくるだろう。オーストラリアやニュージーランドも、TPP交渉の中ですでに同じ要求を受けている。

 アメリカ産ダイズの八割は遺伝子組み換えだが、ダイズは飼料や油利用が主でそのまま食べる習慣がない国と、日本などダイズを常食している国では、遺伝子組み換えに対する見方は大きく違ってくる。しかし、TPPが各国の食生活や食文化に配慮することなどありえない。各国の食生活や食文化を破壊することにTPPの本質がある。

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地場産学校給食も提訴の対象に

 米韓FTAには「ISD条項」などまだまだ大きな問題がある。ISD条項とは、韓国に投資したアメリカの投資家や企業が、韓国の政策によって損害を被った場合、あるいは被る恐れがある場合、世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できるというものだ。韓国内の裁判で争うことはできず、アメリカの強い影響下にある機関の裁定に従うしかない。国際仲裁に応じない場合は、貿易報復、あるいは現金で弁償する条項が盛り込まれている。

 たとえば学校給食もその対象になる。アメリカ企業が米国産農産物や食品をソウルなどの学校給食に供給しようとした場合、それを妨げるような行為も、あるいは地方自治体が地産地消にむけて地元農産物を優先することを決めた場合も、アメリカの企業や投資家が不利と思えば提訴できる。さらに、公共企業や放送局といった基幹となる企業に対しこれまで行なってきた外国人への株の持分制限を撤廃する必要がでてきたり、知的財産権の規制をアメリカが直接乗り出すことができるようになったりする。

 かくして、「内政干渉ともいえる内容となっており、これで国民国家という枠組みが完全に消滅に向かっているとしか言えない内容となっている」と柳氏は指摘している。

 そんな危険性を知ってか知らずか、米韓FTAの締結は、TPPに参加しなければ輸出戦略で日本は立ち遅れるという財界の言い分を大マスコミともども宣伝する絶好の機会となり、政府のTPP前のめりに弾みをつけることにも作用した。しかし、その言い分は本当だろうか。

 農文協ではこの1月、「TPP反対の大義」「TPPと日本の論点」「復興の大義」に続くブックレット第4弾として「よくわかるTPP 47のまちがい」(鈴木宣弘・東京大学教授、木下順子・コーネル大学客員研究員 著)を発行する。TPP賛成派、推進派の言い分を一つひとつ反論した内容だが、輸出についてはこう指摘している。

「TPPで輸出を伸ばせるというのは間違いである。米国以外のTPP参加国は、内需が小さい小国ばかりで、日本の輸出にはあまり影響しないし、米国の工業製品の関税率は、TPPが無くてもすでに低い。たとえば、米国の普通自動車の輸入関税は2.5%でしかないし、テレビや白物家電製品も最高で5%程度、電子製品や装置機械については無関税のものが多い。半導体、電子部品、電子製品などの対米輸出は、TPPがなくても無関税である。だから、関税撤廃で日本の主要輸出分野を伸ばそうとか、『産業空洞化』問題を解決しようという議論には無理がある」

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日本と韓国では国の事情も国家戦略もちがう

 輸出にはさほどの効果がないが、農業と関連地場産業には大きな打撃を与える。TPPは、アジアとは全く異質の新大陸型農業ビジネスを展開するアメリカやオーストラリアといきなりFTAを、それももっとも厳しい条件で結ぶようなもので、米、牛肉、乳製品、砂糖など、農業と地域産業への影響ははかりしれない。それでは米韓FTAの場合はどうだろか。鈴木氏らはこう指摘している。

「関税撤廃の例外品目はコメのみである。現在はまだ『現行関税の維持+TRQ(関税割当枠)』となっている他の品目も、毎年3%複利で無税枠が拡大するので、実質的な関税撤廃である。

 韓国は、日本と並んで農業の生産コストが世界でも高い方である。しかも、韓国の農産物関税は平均で62%と、日本の12%をはるかに上回る高関税で国境保護を行なっている。米国に比べれば格段に影響が小さいと思われた韓チリFTAでも、農業サイドの猛反対によって難航を極めた経緯があった。その韓国が、米国を相手に、農業分野について広範囲な関税撤廃を実施できるとはとても思われなかった」

 しかし米韓FTAは合意された。なぜなのか。「韓国高官と筆者との意見交換から、つぎのことが言える」として、鈴木氏はこう述べている。

「韓国では大統領のトップダウンで重要な政治判断を下すことができるという政治構造があり、そこが日本とは大きく違っている。韓国農林部は30品目の除外すべきセンシティブ品目リストを提出していたが、大統領の命令でコメ以外はすべて却下され、前代未聞の苦渋を味わった。また、韓国は都市化率が極めて高く(2005年で81%、日本は66%)、農村部の主張を理解する世論もマイナーになりつつある。農地はゴルフ場にしてゴルフ料金を下げたほうが、地方の活性化につながるといった意見が平然と語られたりするご時世である。食料安全保障に関する消費者の考え方も大きく変化しており、以前のように食料安全保障を重視する声よりも、韓国産の食料品価格の高さへの不満の声が強まっている」

 そしてそもそも、日本と韓国では国の事情も国家戦略もちがうのだ。

「日本の貿易依存度は、今も昔も(高度経済成長期でさえ)それほど高くはない。現在、海外展開のある日本企業は、わずか2000社に1社でしかないし、輸出のGDP比率(輸出依存度)も、2005〜09年の5年間の平均で14%である。この程度では、日本経済が輸出に拠って立つとまでは言いにくい数字である。一方、それが38%もある韓国は、まさに貿易立国の道を行く国だと言えるだろう」

 こうしたちがいを無視して、米韓FTAに脅威を感じ、あるいは感じたふりをして、だからTPPをというのは、まったくおろかなことだ、ということになる。

「貿易立国路線」のなかで、韓国の食料自給率はこの20年間で20%も下がって49%になり、農家戸数も半減した。米韓FTAが加われば、韓国農業は政府の支援策があるとしても壊滅的な打撃を受けるだろう。

 だが、「貿易立国」といっても、韓国はシンガポールのような貿易や商業だけで生きていけるような小国ではない。アメリカに巻き込まれ、農業・農村、地域を衰弱をさせる道はやがて大きな矛盾、破綻をもたらす。そのことを見通して今、韓国では米韓FTAを無効化する運動が激しさを増しているのである。農村では、「新しい共同 新しい経営」をつくりながら、反FTAを貫く地域的な動きも生まれている。いずれ本誌でも紹介したい。

 日本はすでに、内需依存型の成熟社会を創造する段階に入っている。農業の潜在生産力も保持している。飼料イネや米粉用米も含め、水田の総合的生産力はもっともっと高めることができる。集落営農などの新しい共同が進み、直売所など地域で担い手を育てる取り組みも広がっている。これをサポートすることこそ国の役割である。

 もし、日本がTPPに参加し、FTAによって韓国農業が衰退すれば、東アジアの食料事情は悪化し、経済も社会も不安定化する。アジアを不安定化させるTPPではなく、平和で安定したアジアの経済と地域の形成に貢献することこそ、日本に求められていることではないか。

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NAFTAに翻弄されるメキシコでは

 次にアメリカに翻弄されるメキシコについて。アメリカは「自由貿易」を標榜しているが、農産物に多額の輸出補助金をだし、あるいは国際穀物相場に介入してその利益の最大化をめざしてきた。そこには、相手先の農業破壊がともなう。その一つの典型がメキシコである。本誌2011年4月号「飢餓を生み出すTPP」で関良基氏(拓殖大学)は、メキシコの状況を次のように記述している。

「トウモロコシの原産国であり、人類にトウモロコシという作物の恵みを与えてくれたのはメキシコの先住民族である。そのトウモロコシの母国には、1994年に発効したNAFTA(北米自由貿易協定、アメリカ・カナダ・メキシコの3カ国で締結された自由貿易協定)によって、アメリカから大量の輸出補助金付きトウモロコシが安値で流入するようになった。アメリカからの輸入トウモロコシは、NAFTA発効前の1992年には130万tであったが、2007年には790万tと6倍にも増加した。(略)

 米国のシンクタンク・カーネギー国際平和財団は、2003年の報告書で、NAFTAはメキシコの製造業に50万人の雇用増加を生み出したが、逆に農業部門で150万人の雇用喪失をもたらし、国全体として雇用の増加にも賃金の増加にも結びつかず、多数の農民から土地を取り上げ、森林破壊、自給作物の衰退と輸出用商品作物への転換による化学物質汚染など、環境破壊を助長したと結論した。

 メキシコでは、製造業の雇用は50万人増えているが、その分の雇用は米国で失われている。そして離農したメキシコ農民は結局、200万人に上ったと推定される。この中には流浪してアメリカに流入した者も多かったが、国境を越えると『不法移民』のレッテルを貼られた。(略)

 メキシコ政府は、国内生産者にこのような犠牲を強いてまで、米国の口車にのせられて『消費者利益』のために主食を米国に依存するようになった。しかしブッシュ政権の始めたトウモロコシのバイオエタノール化計画と、それにつけこんだ投機資金の流入によってトウモロコシ価格が高騰した2008年、今度はメキシコの消費者が深刻な栄養不足と飢餓に直面することになった」

 一方、NAFTAでは先に紹介した「ISD条項」が導入された結果、国や自治体の主権にかかわる紛争が頻発し、その累積件数は200を超える。ジェーン・ケルシー著『異常な契約――TPPの仮面を剥ぐ』(農文協刊)には、メキシコの例として、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性をキャッチしてその許可を取り消したところ、この米国企業はメキシコ政府を訴え1670万ドル(日本円で17億円弱)の賠償金を獲得することに成功したことが紹介されている。

 NAFTAのなかで、自給を基礎にした生産と暮らし、地域の破壊が進み、メキシコの農家は輸出作物を生産する農業起業家か、さもなければ安価な労働力か、という二者択一が求められきた。そんななか、遺伝子組み換えトウモロコシの混入という大問題が起きた。アメリカからの輸入作物の中に遺伝子組み換え種が混在していたのである。これに対し、メキシコではNGOなどの国際的な支援を受けながら、「トウモロコシのためのたたかい」が進められている(注)。それは、単に遺伝子組み換えの危険性の問題ではなく、アメリカの多国籍企業による種子侵略から地域の品種を守り、自らの生産・暮らし、地域を守る闘いである。

 各地の農民が参加したある集会では、以下のようなメッセージで集会を締めくくった。

「メキシコ政府はもっぱら国際種子会社の利益を守ろうとする存在であることを、その行動をもって示してきた。われわれにとって、トウモロコシはビジネスではない。それはわれわれの生命なのであり、かかるものとして、われわれはそれを守り抜くであろう」

 先月号・主張を再録して、しめくりとしたい。

「2012年は闘いの年になる。闘いの年にしなければならない。自給的世界を基礎にした農業、新しい経営、新しい共同、地域づくりの豊かなイメージを膨らませ、歩みを進め、国民的な理解を広げながら、闘い抜きたいと思う」

(農文協論説委員会)

(注)宋基昊氏の著作『恐怖の契約 剥がされた米韓FTAの仮面――TPP参加への警鐘』(日本語版仮題)、NAFTAによるメキシコの苦渋と農民の闘いを描いた『トウモロコシのための闘い』(エリザベス・フィッテング著 仮題)を農文協より4〜6月に発行予定。

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2012年2月号
この記事の掲載号
現代農業 2012年2月号

特集:2012品種特集 イモ品種大全
本気で直売 野菜品種・果樹品種/黄色いリンゴと緑のブドウ/いま「昔の品種」/台風・長雨・ゲリラ豪雨で見えた品種力/日持ちする花品種/麦と米「業務加工」を拓く/鳥獣が食べない品目/「絶品加工品」に、この品種/機能性品種/草取り名人ヤギ&ヒツジ ほか。 [本を詳しく見る]

現代農業 2011年07月号 TPP反対の大義』農文協 編

本書では、TPPへの参加がとりわけ暮らしを支える農林水産業や地方経済に大きな打撃を与え、日本社会の土台を根底からくつがえす無謀な選択であることを明らかにし、TPPに反対する全国民的な大義を明らかにします。
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TPPと日本の論点 TPPと日本の論点』農文協 編

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