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農文協トップ主張 2012年3月号

農村の後継者はこうして育つ
地域に、なだらかな「就業構造ピラミッド」を

目次
◆外需依存の構造改革が、この国の後継者を不安定にした
◆直売所による地域外需依存から地域内需創造への転換
◆60代は「若い衆」、70代が「壮年部」、80代からようやく「高齢者」
◆なだらかな「ピラミッド型就業構造」
◆農水省「人・農地プラン」を活用する

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外需依存の構造改革が、この国の後継者を不安定にした

 全国の農産物直売所数は1万6816カ所、年間総販売金額は8767億円で1兆円に迫る勢いだ(2009年度・農水省調査)。

 一方、内閣府はTPP(環太平洋経済連携協定)に参加した場合、GDP(実質国内総生産)を10年間で2.7兆円押し上げる経済効果があるという政府の見解を示した。その試算自体かなり水増しされているとの指摘もあるが(鈴木宣弘・木下順子著『よくわかるTPP48のまちがい』2012年1月、農文協刊)、仮に試算が正しいとしても、10年間で2.7兆円は年間2700億円である。

 このTPPによる外需増と伸び続ける直売所の売り上げはその性格が全く異なる。TPPによる外需増は地域を犠牲にするのに対し、直売所は地域を豊かにする。

 重要なことは年間1兆円に迫る「直売所の経済効果」は、「内需」、しかも「地域内需」を掘り起こすことで実現していることである。「地域内需」を生み出すことによって地域の農業と暮らしを支え、地域の産業と雇用を生み出す力を大きくしながら直売所は成長し続けている。そして直売所は、農村の後継者を育てる拠点にもなってきた。

 少子高齢化が懸念されるとはいえ、人口1億2700万人の日本は世界231カ国中第10位の人口大国である。その市場を過小評価し、ことさら国際競争を重視した1990年代以降の「構造改革」は、非正規雇用の増加、賃金水準の低下、デフレの進行を進め、自動車、家電などの一部輸出企業のみ業績を伸ばしたが、大多数の企業、地方都市は不況にあえぎ続けている。

「構造改革は、結果からみれば企業に国際競争力をつけさせて輸出促進を図る策、外需依存策だったのだ。国際競争においては価格競争が重視されるから、そのためにはリストラが有効だった。そして当然のようにして輸出産業は、構造改革論者が煽り立てたほどには労働や土地をさして吸収しなかった。輸出を目論む製造業は、さらにリストラを進めて価格競争に臨んだからだ。国内を牽引するのではなく、切り捨てたのである」(松原隆一郎「国際競争力より内需創造力」、農文協編『TPPと日本の論点』、2011年)

 総務省が昨年6月に発表した2010年国勢調査の「1%抽出速報」によると、ひとり暮らし世帯の総世帯数に占める割合は前回05年の調査を1割も上回り、初めて3割を突破した(1588万5000世帯)。その数は、夫婦と子どもで構成する世帯(1458万8000世帯)を上回り、最多となった。高齢者ひとり暮らしの増加だけではなく、きびしい経済・雇用状況などを背景に、若年層を中心に結婚できない若年世帯が増えていることが原因だという。輸出依存、外需依存の構造政策が、この国の後継者を不安定な状態に追い込み、国のかたち、社会のかたち、地域のかたちを急速に歪めているのだ。

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直売所による地域外需依存から地域内需創造への転換

 1961年の旧農業基本法制定から80年代までの日本農業は「地域外需依存型」だった。「選択的拡大」「輸送園芸」「共選共販」などのスローガンのもと、急成長する大都市(指定消費地)に安定的に農産物を供給するため、指定産地制度とリンクした野菜価格安定制度などが導入され、国際競争ならぬ「産地間競争」がしきりに煽られた。そして、他産地に打ち勝つための特定品目への生産の集中が連作障害をもたらし、土壌消毒などの農薬の多投、農家の健康被害などの悪循環をもたらした。また産地なのにそこでつくられる野菜が大都市に集中出荷されるため、生鮮輸入野菜のシェアが大都市より地方の中央卸売市場のほうが高くなった時期もあった(藤島廣二「輸入野菜に足元をすくわれた農協の共販」、「増刊現代農業」1998年5月号『21世紀型農協 30の実践』)。

 これに対し、1970年代の「50万円自給運動」に端を発し、90年代に花開くことになる直売所農業は徹底した「地域内需創造型」だった。佐賀県唐津市在住の農民作家・山下惣一さん(76歳)は、「増刊現代農業」1997年11月号『朝市大発見』につぎのように書いていた。

「私たちが特産物直売所『みなとん里』をオープンしてから8年になる。在所の地名から単純に『湊の里』を方言読みでそう命名した。(中略)いい出しっぺはじつは私である。十数年前から(編集部注……つまり1980年代から)私は再三にわたって提案してきたが、ほとんど相手にされなかった。『ここは農村だぞ、誰が買うんだ』とか『3日でつぶれる。責任は誰がとるのか』等でぜんぜん話が前へ進まなかった」

 しかし、販売農家だけでなく、自給的農家、土地持ち非農家が混住しているのが今の農山村なのである。「みなとん里」ができてむらの女性たちが「野菜の勉強会」を始めたり、行政や農協の支援を受けて農産加工施設をつくるなどして元気になり、それまで農政から切り捨てられてきた第二種兼業農家、じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃん農業、定年退職者に活躍の場ができて「村の元気」が底上げされ、「そして、ほかならぬ農家の食卓が豊かになった。売れ残りを交換したり、もらったり。とくに、半農半漁の人たちが出すピチピチの魚や海産物が驚くほど安く手に入るのが有難い。直売所を始めて、海辺の村に住む幸せが戻ってきたという感じだ」。

 それからさらに15年、「みなとん里」はますます元気で、山下さんは「行き先も確かめずにバスに乗ってはいけない」と、反TPPの健筆をふるっている。(TPPについては、今月号の小特集「TPPで99%の国民が損をする」をぜひごらんください)

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60代は「若い衆」、70代が「壮年部」、80代からようやく「高齢者」

 1月号「主張」では、直売所は「むらの財産を守り継承する農業」を実践する集落営農=新しい「社会的共同経営体」との連携、そして地域の商店街との連携というふたつの新しい連携によって「地元に雇用、仕事を増やす。こうして、(中略)田舎暮らし志向の若者が活躍する場、都市で暮らす地元出身者がもどれるような仕事、地域産業を興す。『地域の再生』の中心的な課題がここにある」と述べた。

 その課題を実現しつつある直売所の典型例として、農文協刊『季刊地域』2月号(8号)の特集「後継者が育つ農産物直売所」で紹介した、長野県伊那市の「産直市場グリーンファーム」の取り組みをみてみよう。

 グリーンファームは1994年、60戸の農家が参加し、わずか800万円で建設した200坪の売り場からスタートした。創立から18年の今年、登録出荷会員は2150名で年間売上は約10億円。1000万円以上売り上げる農家は2、3人で、大半は100万〜200万円である。多くは兼業農家だが、後述するように、農地をまったく持っていない「出荷者」もいる。職員数は60名でうちパートは5名。まさに地元に雇用、仕事を増やす直売所だ。

 現在は400坪となった売り場、3300坪の敷地は、もともと代表取締役会長である小林史麿さん(70歳)の叔父さんの耕作放棄されかけていた畑だった。「ここは農村だぞ、誰が買うんだ」の言葉通り、急勾配の河岸段丘を市街地から4km登った人家のまったくない土地で、あるスーパーのコンサルタントは「絶対に失敗する。やめておいたほうがいい」と断言した。そこにいま、年間56万人のお客がやってくる。その集客の秘訣はぜひ『季刊地域』をご一読いただきたいが、ここではグリーンファームの代替わり=後継者育成の仕組みに注目したい。

 小林会長はこう述べている。

「グリーンファームは創業時の生産者の平均年齢70歳でスタートし、それから18年が経過した。当然高齢化は進み、平均88歳の域に達しているのではと思いきや、今も相変わらず平均年齢70歳だ。これはこの18年間、生産者の数が飛躍的に増加したことにもよるが、生産者をつぎつぎ更新してきたからだ。新たに加わる生産者が、直売所就農人口の平均年齢を引き下げる役割を果たしている」

 たとえば実績主義の流通最前線の会社で定年を迎えた横田千秋さん(68歳)。伊那市出身の妻の実家の近くに家を新築、自然豊かな信州で「悠々自適」の生活を夢見て東京から転居してきた。だが、友人も知人も、地域とのつながりもない。何もすることがない。そのうち妻の実家の野菜づくりに少しずつ手を出し、グリーンファームへの出荷を手伝うようになった。義父母は80歳を過ぎているというのに毎日楽しそう。農作業も、軽トラックで出荷に行くのもつねに夫婦同伴。晴れた日は野に出て、雨が降れば納屋でわら仕事。いやになれば近所の高齢者を集めてお茶を飲む。これこそまさに悠々自適ではないか。

 まもなく義父が急病で他界。約10aの農地を相続することになった。今度は手伝いではない。3年間ほどのお手伝い農業から、自身の農業へ。グリーンファームでは新たな知人やつながりもでき、近所の耕作放棄地を新たに借り受け、耕作面積は30aに。農業所得も当初目標の100万円を超え、150万円となった。

「64歳で年金を満額受け取るまでは兼業農家」と、定年後も長野県土地開発公社の嘱託職員をしている中村初治さん(62歳)は、年金プラス100万円の直売所農業をめざす。一昨年、86歳で亡くなった父親の榮市さんは林産物の直売が得意だった。とくに庭木として需要の高いイチイの苗木の出荷は大きかった。秋にキノコ採りのかたわら実生のイチイの幼木のなかから、4、5年生くらいの素性のよい幼木を見つけて自宅に運ぶ。2年も畑に植えておけば、グリーンファームの苗木売り場で1000円くらいにはなる。特別手間暇をかけずに数千本のよい苗木を販売してきた。初治さんが榮市さんから引き継いだ苗木はまだ数百本はあるという。

 グリーンファーム生産者の会の役員で、「出荷するものがないときにも顔を出す」という竹松駒太郎さん(81歳)は、残念ながら昨年、体調を崩した。息子の慶一郎さん(52歳)は工務店に勤める大工だが、昨今は工務店の仕事も少なく経営もきびしい。この際工務店を辞め、大工仕事と直売所農業で生計を立てようとグリーンファームに参入。約1haの田畑でコンニャク、サトイモ、ネギ、ウコンなどを栽培して出荷している。社長の愚痴を聞きながら働いていたときより面白い。週1回現金精算のグリーンファームは「宝の山」だと手応えを感じ、生産者の会の役員会には父親の代理で参加している。

 ここグリーンファームでは、60代は「青年」「若い衆」、70代は「壮年部」、80代からようやく「高齢者」と呼ばれているのだ。

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なだらかな「ピラミッド型就業構造」

 信州大学農学部の学生時代からグリーンファームでのアルバイトで資金を貯め、「いきいき100坪実験農場」で農業をスタートした田中佳典さん(28歳)。耕作面積を30aに増やして農家認定を受け、有機無農薬野菜をグリーンファームに出荷したり東京の友人、知人に直送し、生活は苦しいながらも実績を着実に積み重ねている。

 この「100坪実験農場」は、定年後、体力の続く限り生涯現役の農業をやりたい団塊の世代や、これから農業をやりたい若者世代のために2008年、グリーンファームが設けた農場である。100坪で年間5000円の利用料を払って入園し、ベテラン農家や上伊那農業改良普及センターのコーチを受ける。これまでに26組約70人が参加し、うち定年帰農6組、若手2組が新規就農した。「農家ではない人に農地を貸すのではなく、貸し農園に入園して耕作する」というやり方で農地法をクリア。グリーンファームには実験農場生産者の販売コーナーも設けられ、農業資材も登録会員と同じ一割引きで購入できる。

 実験農場に畑を貸している生産者の会・現会長の田畑嘉一さん(80歳)は、「グリーンファームが間に入ってくれるおかげで安心して農地を貸すことができる。信頼関係が保たれています」と語る(1月1日「農業共済新聞」)。その田畑さんも実験農場のコーチの一人だ。

 グリーンファームには「農地を持たない生産者」もいる。ある元郵便局員は、春はコシアブラなどの山菜を、夏はカブトムシやクワガタを、秋はギンナンをいずれも「採集」して出荷し、年間約200万円を稼ぐ。年金プラス200万円で、郵便局員現役当時より所得は多いという。牧草畑に生えるナズナ、ノビル、ヨモギ、ノカンゾウ、ツクシ、タンポポなど、「畑以外の農産物」の葉っぱビジネスで稼いでいる女性たちもいる。

 このようにグリーンファームでは、年間売上1000万円以上の専業農家を頂点とすれば、その下に50万〜数百万円の販売農家、さらにその下には自給的農家や年金プラスアルファの定年帰農、若者の新規就農、あるいは土地持ち非農家どころか農地を持たない非農家まで出荷者という、ピラミッド型の就業構造がなだらかにすそ野を広げている。

『季刊地域』の特集「後継者が育つ農産物直売所」ではJA女性部が設立した「アグリロード美和」(静岡市)、大規模野菜農家が設立した「びわこだいなか愛菜館」(滋賀県近江八幡市)、果樹専業農家が設立した「農業後継者ふれあい市場 稚媛の里」(岡山県赤磐市)などを紹介しているが、当初は専業農家が設立した直売所も含め、いずれもしだいに定年帰農や若者の新規就農、市民農園派の参加によって、なだらかな「ピラミッド型就業構造」がつくられている。このことは元気な直売所に共通し、農家がつくる直売所ならではの特質だとみることができよう。

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農水省「人・農地プラン」を活用する

 農林水産省は2012年度予算に「新規就農のための総合的な支援」と「農地集積のための総合的な対策」を柱とする「人・農地プラン」(地域農業マスタープラン)を盛り込んだ。新規就農支援では、就農時に45歳未満であることを原則として1人年間150万円の「青年就農者給付金」を最長7年間支給する。研修後に、地域農業のあり方について市町村が策定する「人・農地プラン」で担い手に位置づけられることが条件だ。一方、農地集積対策では、農地の「出し手」に50a以下は30万円、50a〜2ha以下は50万円、2ha以上は70万円の「農地集積協力金」を交付する。

 この「人・農地プラン」はTPPがその発端だ。一昨年秋の菅直人前首相による唐突な「TPP交渉参加表明」を受け、「高いレベルの経済連携の推進と我が国の食料自給率の向上や国内農業・農村の振興とを両立させ、持続可能な力強い農業を育てるための対策を講じる」ことを目的として同年11月に「食と農林漁業の再生実現会議」が設置された。その答申をもとに、昨年10月に閣議決定した「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」を受けて策定されたのがこの「人・農地プラン」である。就業ピラミッドの頂点である専業農家、しかも「若手」だけに焦点を当て、自給的農家や定年帰農など、その下の階層はまったく眼中になく、たかだか20〜30haの「農地集積」で国際競争=外需依存に駆り立てようという、農村の歴史も実情もふまえない「机上の空論」がベースではある。「農地集積協力金」は当初、「離農奨励交付金」と報じられたこともあった。

 だが、この「人・農地プラン」は、「徹底した話し合いを通じて今後2年間程度で人と農地の問題を抱えるすべての市町村、集落で策定することを目指す」とされている。集落の歴史と実情をふまえ、外需依存ではなく、TPP推進派の「強い農業論」でもなく、さらなる地域内需の創造、地域に雇用と仕事をつくる方向でこの「人・農地プラン」を換骨奪胎し、活用することも可能だ。

 農産物直売所で培ってきた社会的共同経営体としての集落の叡智をフルに生かし、なだらかな「就業構造ピラミッド」の一角となって地域づくりに参画する新たな担い手をどんどん育てていきたい。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2012年3月号
この記事の掲載号
現代農業 2012年3月号

特集:続 トラクタを120%使いこなす
ビシッと決めるぞ、アゼ塗り作業/もっと業務・加工用野菜をつくる/高接ぎ・中間台木で果樹品種をパワーアップ/自分で製材までやれば林業はまだまだ儲かる/表層攪拌更新の草地でアルファルファの根を見た/TPPで99%の国民が損をする ほか。 [本を詳しく見る]

季刊地域8号 2012年冬号 特集:後継者が育つ農産物直売所 季刊地域8号 2012年冬号 特集:後継者が育つ農産物直売所』農文協 編

「季刊地域」編集部
季刊地域ホームページ [本を詳しく見る]

地域農業の担い手群像 地域農業の担い手群像』田代洋一 著

特設サイト
[本を詳しく見る]

進化する集落営農 進化する集落営農』楠本雅弘 著

「集落営農」とは、農業経営や地域社会がかかえる問題を解決し、人びとがはりあいをもって働き、活き活きと住み続けることができるよう地域住民が話しあい、知恵を出しあう協同活動である。必要に応じて自発的に組織されるので、本来多種多様な組織形態と活動実態をもっている。国の構造政策に対応するのが本旨ではないのである。多様な集落営農は試行錯誤と経験を積み重ねて柔軟に進化し、「地域の再生・活性化」と「効率的農業生産」とを両立する「地域営農システム」としての大きな可能性を備えるに至った農地・労働力・資本・情報の新しい結合体である。農村経済更生運動以来の歴史、政策の流れも整理しながら、全国各地の、農協も含めた具体的な実践事例を紹介、その意味と未来を論じる。
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