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農文協トップ主張 2013年8月号

アベノミクス流「農業・農村所得倍増計画」のまやかし

 目次
◆「農業・農村所得倍増計画」の3つの方策・根拠
◆輸出拡大による所得向上は幻想
◆アベノミクス流「六次産業化」は、六次産業化を否定する
◆「農地集積」はだれのため?
◆「高度成長」を支えた農家の所得倍増
◆地域から重層的な小さな経済を積み重ねていく

 安倍晋三首相は、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」に次ぐ第三の矢「成長戦略」の一環として、「農業・農村所得倍増計画」を打ち出した。

 7月の参議院選挙にむけ、広がるTPP参加への不安や反対を封じ込め、かわすのがそのねらいだろう。だから実現の見込みのない大風呂敷として無視することもできるが、しかし、その背景にはTPP参加を前提に、日本の農業・農村を変質させようとする強い力が働いている。ここはしっかり、アベノミクス流「所得倍増計画」なるもののまやかしを見抜いておきたい。

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「農業・農村所得倍増計画」の3つの方策・根拠

 経済のグローバル化が勢いを得た1990年以降、農業生産額も農業所得も大きく落ち込んだ。1990年と2010年を比べると、農業生産額は13.7兆円から9.8兆円へ、農業所得は6.1兆円から3.2兆円へと半減。これに対し「所得倍増計画」では、農業生産額を12兆円に回復させ、農業所得を10年間で倍増させるという。安倍首相が議長を務める産業競争力会議が6月に発表した「成長戦略(案)」では、なぜ農業生産額も農業所得も大幅に減ったのか、その分析も反省もまったくないまま、「所得倍増」のための方策・根拠として以下の3点を挙げている。

(1)農林水産物・食品の輸出額を2020年までに1兆円に(2010年度:4500億円)

(2)六次産業の市場規模を10年間で10兆円に(同1兆円)

(3)農地集積により10年間で担い手の農地利用が8割を占める構造に(同約5割)

 輸出促進も六次産業化も農地集積もなんら、目新しい話ではない。これがどうして「所得倍増」に結びつくというのであろうか。それぞれについて、みていこう。

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輸出拡大による所得向上は幻想

 まず、輸出拡大について。輸出拡大というと日本のコシヒカリやリンゴを高級食材として中国などの富裕層に売り込むという話がもっともらしく語られたりする。しかし、現状では、生鮮農産物の輸出はごくわずかだ。「農林水産物・食品」の輸出額4500億円のうち、約四割は水産物であり、農産物とはいってもタバコのほか、アルコール飲料、味噌、醤油、ソース、小麦粉、菓子などの加工食品がほとんどを占めている。

 1兆円にむけて農林水産省が示した目標でも、味噌や醤油など加工食品で2.8倍の5000億円。カニカマ、缶詰などの水産物が2倍の3400億円で、これを合わせると8400億円となる。そのほかでは、米や日本酒などコメ加工品を現在の4倍以上の600億円に、リンゴなどの青果物を3.1倍の250億円に、牛肉を5倍の250億円に、としている。

 つまり、政府がめざす農産物輸出拡大の大半は加工食品なのである。その原材料であるダイズや小麦のほとんどは海外からの輸入だから、農家に対するメリットは小さい。

 米加工品の輸出増もねらっているが、これで国産米の需要が増えるとは思えない。現在でも、全国第1位の新潟県の米生産量を上回る量がミニマム・アクセス米(MA米)として輸入されており、主に加工用などに回されている。このMA米輸入の半分はアメリカからだ。アメリカは、巨大穀物メジャーの戦略のもと、自国では日本以上の「農業保護政策」をとりながら、諸外国に自由化を押し付けてきた。TPPに参加したら、ますます輸入米依存の米加工になるであろう。

 TPP参加は農業だけでなく、国内農産物を利用した加工にも大打撃を与える。先に発表された政府試算では、小麦も大麦も小麦粉などの製品輸入が大幅に増え、バター、脱脂粉乳、チーズなどの乳製品も国産のほぼ全量が外国産に置き換わり、砂糖も国産糖のすべてが外国産精製糖に置き換わるとしている。 

 国産原料の加工は大きく後退し、海外の安い農産物を利用した大手食品企業が、輸出も射程に入れて大量生産を展開する。輸入原料を使うなら工場も地方にある必要はないから、地域の雇用は増えない。どうせ輸入原料を使うなら、現地に加工工場をつくってその製品を日本に売り込んだほうがいいという話になって、国産農産物を使った日本の食品加工はますます後退する。「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」の試算では、農業と関連産業などで「全産業で約190万人の雇用が失われ、このうち農林水産業では約146万人に達する」としている。

 コシヒカリやリンゴなどを、中国をはじめとする海外の富裕層にという話も簡単ではない。低温での輸送が発達していないアジアでは生鮮農産物の流通は難しいし、コストもかかる。台湾への米の輸出に取り組んだある農協のリーダーは、国内の倍の値段をつけても売れるが、輸送コストなどを引いたら農家の所得は増えず、結局やめてしまったと話していた。

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アベノミクス流「六次産業化」は、六次産業化を否定する

 10年間で1兆円から10兆円にするという「六次産業化」はどうだろう。

 アベノミクスが考える六次産業化も農外資本やアグリビジネスがメインの話だ。「成長戦略」には、「農業全体を六次産業化の方向に進めるために、農業生産法人に対する出資規制を緩和し、食品企業や流通産業が持つ資金やノウハウを呼び込む」としている。3・11の震災後、宮城県の被災地では、外資系企業や国内の食品メーカー等が復興特区補助金を使って農地を集積し、野菜工場や精米工場をつくるなどの動きが活発化している。アベノミクスの成長戦略の最大の特徴は、「民間活力の爆発」である。

 安倍首相は成長戦略をめぐる6月5日の演説で、以下のように発言している。

「成長の主役は活力あふれる民間の皆さんだ。企業経営者に求められているのはスピード感。そしてリスクを恐れず決断し、行動する力。私もリスクを恐れず改革を果断に進めていく。規制改革こそ成長戦略の『1丁目1番地』だ』」「『国際先端テスト』で企業活動の障害を徹底的に取り除く。世界で一番企業が活躍しやすい国の実現が安倍内閣の基本方針だ。今こそ日本人も日本企業も『爆発』すべき時だ。民間活力の爆発――。これが成長戦略の最後のキーワードだ」

「世界で一番企業が活躍しやすい国」に日本を変えようとするアベノミクスの六次産業化は、外資系企業も含む大企業や大手流通企業の活躍の場をつくることにその本質がある。ここでは地元の農産物を活用した農家の食品加工も、その拠点になってきた直売所も眼中にはない。

 そもそも「農業の六次産業化」は、農家・農村が自ら生産した農産物を加工し、販売することであり、経済的・経営的にみれば、食品加工や流通など農外で膨大に発生している「付加価値をとり戻す」取り組みである。 

 しかし、アベノミクス流六次産業化は、言葉は同じでもまったく別物である。「一次(農業)」を軽視しているのだから、そもそも六次産業ですらない。もっとも、アベノミクスもこのあたりは承知していて、「六次産業」の10兆円がそのまま農家・農村の所得を増やすと考えているわけではなく、その一部が「農村に還元される」としている。いわゆるトリクルダウン(したたり落ちること)だが、大企業の利益がそう簡単にしたたり落ちないことは、小泉改革以降の状況をみれば明らかだ(これについては、前月号の「主張」で紹介した農文協ブックレット『アベノミクスと日本の論点』で明らかにしている)。

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「農地集積」はだれのため?

「輸出拡大」も「六次産業化」も農業・農村所得向上の効果が少ないとなれば、焦点は相も変わらないことだが、第三のポイント「農地集積」であろう。小さい農家の土地を集積し大規模・企業的経営を育て、コストダウンによって所得を上げる。農家への個別所得補償などの政策や補助金も、財源に限りがあることもあり、少数の大規模農業経営体の育成にむけた「選択と集中」にむかうであろう。大規模・企業的経営体が輸出や六次産業化、そして補助金によって収益を倍増させる。かくして「所得倍増」達成!というストーリーになる。

 しかしこれでは、一部の企業的経営の「農業所得」が「倍増」したとしても「農村の所得」は「倍増」しない。倍増どころか、もっと落ち込む。そしてTPP参加となれば期待の大規模・企業的経営体も輸入農産物との競争にさらされることになる。

 この間、農家はそれぞれの事情に応じて、そしてむらのこれからを考えて、集落営農など自分たちのペースで「農地集積」を進めてきた。「集落営農」で機械代の負担を減らし、ダイズ、麦、飼料イネなどで水田活用を進め、野菜を取り入れてお年寄りの仕事をつくるなど、農地利用を工夫してきた。農地のことは農家やむら、地域にまかせればいい。安倍首相は「『農地集積バンク』への取り組みを強化する」とし、「必要な手続きの透明化、簡素化を進め、利用可能な農地がどこにあるのか誰でも見ることができるよう『農地利用電子マップ』を早急に整備する」などと述べている。こんなことを強調するのは農外資本、企業の農業参入を意識してのことだろう。

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「高度成長」を支えた農家の所得倍増

 アベノミクスの「農業・農村所得倍増計画」には「農家」という言葉が入っていない。スピード感(安倍首相の好きな言葉の一つだ)のある農地の流動化・集積には小さい農家は邪魔だから「農家」という言葉を使わないのも当然といえば当然だ。「個別所得補償」や中山間の農家への「環境直接支払い」など、「農家所得」を考慮した一定の施策が検討されるであろうが、本音は「選択と集中」による「強い農業」だ。

 大事なのは、農家がその地で安心して暮らしていくための「農家所得」である。

 農家所得は農業所得(補助金等含む)+兼業所得+年金所得の三つで成り立っているが、米価の下落とともに農業所得が減り、近年は兼業所得も激減している。ブックレット『アベノミクスと日本の論点』で、森島賢氏(立正大学名誉教授・元東京大学教授)は、農家の兼業収入(1戸当たり平均年額)が2004年の173万円から2010年の112万円まで、実に61万円、率にすると35%も減少した、と指摘している。

 このように農家所得は減る一方だが、かつて農家所得が倍増した時期があった。

 1960年、池田勇人首相が「所得倍増計画」を打ち出し、その後、日本は高度成長に突入したのだが、そのときは農家所得も倍増した。農村と都市の所得格差の是正にむけて米価等の農産物価格支持制度が機能し、出稼ぎやその後の農村工業の導入などで兼業収入が増え、農家所得が向上したのである。先の森島氏はブックレットで「日本は協同の力でスラム街ができるのを防いだ」と題し、高度成長期の事情を考察している。森島氏は経済成長のなかでの若者の都市への就職、そして中高年の出稼ぎにふれたうえで、こう述べる。

「やがて、兼業のために家を遠く離れるのではなく、家の近くで兼業したい、と考えるようになった。そのことを協同して政治に要求し、政治はそれに応えた。農協や村役場も、協同の力を発揮して、農村に進出する企業に対して工場用地を斡旋するなどの協力をした。そして、地元雇用、つまり地元の農村の人たちを、おおぜい雇用するように要求して実現した。また、農繁期には工場を休めるようにした。もちろん、その分は賃金を減らされるのだが。こうして、農村工業化が始まり、農家の総兼業化が始まった。

 このように考えると、農家兼業は必然だった。企業は安い賃金で若い人を雇えた。農家も中高年の人の兼業で収入が増えて、豊かになった。

 農村で、生活に困窮して(挙家離村という形で)都市へ出ざるを得なかった人は、日本の経済発展の過程で一人もいなかった。農村工業化政策の成功である。このことは、農協運動の誇るべき成果であるし、戦後農政の大きな成果である。最大の成果といってもいい。(中略)

 日本以外の多くの国は、そうでなかった。農村で生活に困窮して、やむなく挙家離村で都市に出たのである。それでは都市で豊かな生活はできない。都市へ出ても生活の困窮がつづく。そうした人たちが集まって生活する地域が、世界の大都市には必ずと言っていいほどある。人口が数万人とか数十万人という巨大な、いわゆるスラム街である。生活環境だけでなく、治安もよくない。(中略)

 日本は世界に類をみないほど治安がいい国である。この点で、日本は外国人から羨望の目で見られている。その理由は、農村の先人たちが協同して、安らかに暮らせるようにしたからである」

 日本の高度成長はよくいわれるような重化学工業などによる輸出拡大によってではなく、農家所得の向上で内需が拡大し、労働力とともに農村が支えたのである(日本のGDPに占める輸出の割合は高度成長期でも10%代前半にすぎなかった)。

 高度成長は農業の近代化とともに、農業と農家の暮らしを大きく変え、ゆがみをもたらす側面もあったが、しかし、農家は農業所得+兼業所得の組み合わせで田畑と家族農業、そしてむらを守り、日本という国を土台から支えた。

 この日本を支えてきた基本的構造が、1990年代以降のグローバリズムのなかで揺さぶられ、アベノミクスとTPPが追い討ちをかけようとしている。森島氏は次のように、しめくくっている。

「兼業農家を邪魔者扱いする、市場原理主義の政治家や評論家がアベノミクスの周辺にいる。彼らの考えは、日本の国家百年の計を誤る。農家兼業は、それどころか、日本社会に欠くことのできない貴重な安定装置である。アベノミクスで、これを壊してはならぬ。ならぬことはならぬ」

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地域から重層的な小さな経済を積み重ねていく

 高度経済成長のなかで、農家は兼業収入を加えて農家所得を確保し家族経営を守ってきた。しかし、もはや「高度経済成長」は望めない。消費(需要)が拡大し、設備投資が盛んになり、労働力が不足して賃金が上がり、これがさらに需要を高めて経済が成長するという構造はすでに失われた。

 今、そしてこれから求められているのは、ブックレット『アベノミクスと日本の論点』の副題とした「成長戦略から成熟戦略へ」の転換である。アベノミクスの成長戦略は一部のグローバル大企業のみが栄え、その利益は高度成長の時とはちがって、農家や労働者、地方に還元されず、格差の拡大と地方の疲弊に拍車をかける。アベノミクスが煽る成長への幻想を捨て、地域から重層的な小さな経済を積み重ねていくことが、地域の、日本の今後を拓く道である。その農村での胎動は、金融資本や多国籍大企業によるグローバル化が本格化する1990年代に始まり、いまや、大きな流れになってきている。

 安倍首相はしきりに「日本は20年にわたるデフレによって深い自信喪失という谷に落ち込んでしまった」などと述べているが、厳しさが増すなかでも農家・農村は「深い自信喪失」に落ち込まず、地域の資源を生かして生産面でも暮らしの面でも地域の自給力を高め、小さな経済をつくる取り組み、工夫を元気に積み重ねてきた。

 直売所の数はコンビニ最大手であるセブンイレブンの店舗数を上回り、そこには個性的な農家の加工食品が並び、直売所農法が賑やかに展開され、直売所名人がどんどん生まれている。

 農業の六次産業化の主役は間違いなく小さな農家であり、集落営農という「農地集積」を、むらを守り、みんなの仕事をつくる知恵・工夫として広げているのも農家である。地域の自治体も農協もこれをサポートしてきた。そんななかで、農村に向かう若者も増えている。

 アベノミクスという狂想曲に惑わされず、農家・農村・地域が地道に積み上げてきた歩みを、しっかりと豊かに進めよう。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2013年8月号
この記事の掲載号
現代農業 2013年8月号

特集:夏!香辛野菜が主役
安い肥料で流し込み施肥/夏にしおれないトマト/葉っぱと根っこで日焼け果を防ぐ/日本ミツバチ スムシ対策/夏を涼しくする日除け/夏の直売所名人になる/「農家の雇用」をうまくやる/反TPP ほか。 [本を詳しく見る]

アベノミクスと日本の論点 アベノミクスと日本の論点』農文協 編

アベノミクスの時代錯誤を排し、企業経営とも国民経済とも違う「地域」の意味を明らかにし、もって、成長への誘惑を捨てた、重層的小さな経済の積み重ねと交流こそ今後の地域・日本の向かべき途であることを提示する。 [本を詳しく見る]

季刊地域 季刊地域 2013夏』農文協 編

No.14 7月5日発売 特集: [本を詳しく見る]

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