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農文協トップ主張 2014年2月号

続・家族農業の大義
国際社会の流れに逆らう日本の異常性

 目次
◆「和食」を「伝承」するということ
◆食べて生きる背後には農耕の世界が厳として在る
◆国際社会の政策課題(アジェンダ)は変わった
◆なぜ、いま、小規模家族農業なのか
◆TPPに突き進む日本政府の異常性

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「和食」を「伝承」するということ

 先月1月号の「主張」では、「和食の世界文化遺産」登録と「国際家族農業年」の意味にふれながら、「家族農業の大義」について考えた。

 その後、「和食」のユネスコ無形文化遺産登録が正式決定し、マスコミでも大きく取り上げられたが、「日本の食文化が国際的な評価を得たことで、外国人観光客の増加や農水産物の輸出拡大につながる可能性がある」(日経新聞12月5日)といった論調や、「1汁3菜」など和食の形をめぐる記事が目立つ一方、和食を育んできた農業の営みや価値にふれる記事は大変少ない。食と農を切り離すことに、この国のマスコミはすっかり慣れてしまったようだ。

「日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会」会長を務めた熊倉功夫氏(静岡文化芸術大学学長)は、正式決定直後の記者会見で、申請の背景について「和食が失われていくという危機感があった」と述べ、「家庭で和食を食べるということは、自らが接する自然環境で生まれた食材を知ることでもある」と話している(毎日新聞12月5日)。

 そもそも、無形文化遺産への登録は、一度失われたら簡単にはとりもどせない「形のない」文化をしっかり守っていこう、継承・伝承していこう、というのがその趣旨である。遺跡や古い建築物は保存することによって次代に引き渡せるが、「形のない」日常生活文化は、日常の営みを通して伝えるしかない。そこには「変わる」ことと「変わらない」ことがある。変わりながらも「変わらない」ことを伝える、それが「伝承」といえよう。そして、生活文化としての食、食文化こそ伝承しなければならない、人間の大事な営みである。

 (1)食は、地域の自然や農業に支えられている

 (2)食は、素材の採取、栽培から加工・料理まで、人々

の共同・協働に支えられている

 食の背後には地域の自然と農業があり、家族のためにと算段する主婦の仕事があり、家族の絆があり、人々の助け合いがある。この、食の営みの変わらないありようを「伝承」することこそ、「和食」を伝承することなのだ思う。

 文化遺産登録にむけた「提案書」で「過去及び現行の保護の取組」として紹介された『日本の食生活全集』(農文協刊)のねらいも、そこにあった。「暮らしから食だけ切り取って叙述するのではなく、庶民の暮らしのあり方の、地域ごとの多様な展開を?食べる?ことから浮き彫りにすることを目指したもの」(索引巻・まえがき)なのである。

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食べて生きる背後には農耕の世界が厳として在る

 この全集では、聞き書きをした地域ごとに、まず「四季の食生活」として、春夏秋冬の日常の朝昼晩の食事と、祭りや盆、正月、仕事の節々での行事食(ハレ食)が記されているのだが、季節を追って読み進むと、そこで1年を過ごして、その地の自然の優しさ、厳しさをまるまる体験したような気持ちになる。

 編集にあたっては、各県の編集委員会のもと、県内をいくつかの地域に区分し、地域ごとに町村を選び、そのなかから農家をしぼり込み、時間をかけてていねいに聞きとりし、これをもとに原稿がつくられた。

 一方、自給を基礎にその地で生きるための農家の食は主食、副食、調味料といった分類にはなじまず、こうして「基本食」、「季節素材」、「伝承される味覚」の3つに区分して食の形を描くことになった。基本食とは穀類など命の糧であり、季節素材とは野山の幸や野菜など、文字どおり季節季節にとれる素材である。しかし、これだけでは食の全体像はとらえられない。素材そのものではなく、素材から生まれ素材を超えて食生活を支えているもの。それを第三の「伝承される味覚」とした。「伝承される味覚」の代表は味噌、醤油、漬物などの発酵から生まれた食品である。これらの発酵食は、穀類などを保存するための知恵として生まれ、伝承的な手法によって受け継がれ、それがわが家の、そして地域の味覚を形成してきた。このベースのうえに季節素材が取り込まれ、永続性と楽しみをもたらす農家、地域の食の構造が成立したのである。これを、粉屋、油搾り屋、豆腐屋、漬物屋など、地域の小さな加工業が支え、地場物を活用する個性的な特産品も生まれた。

 食は、地域の自然や農業に支えられ、人々の共同・協働に支えられている。『日本の食生活全集』の初回配本『岩手の食事』を読んだ作家の富岡多恵子氏は、本書に「文学的感動を覚えた」と記している。

「…わたしが『岩手の食事』という本に文学的感動を覚えたのは、だから『民話』の世界に感動したのではなく、ヒトが『ものを食べて』生きる事実に感動したのである。これは、『食通』の書く文章によって味わったことのないものだった」(「ブンガク『岩手の食事』」――『表現の風景』収録、講談社)。

「ヒトが?ものを食べて?生きる事実」の豊かな広がり。

その感動は、食べて生きる背後には農耕の世界が厳として在ることの確認でもある。和食の伝承もまた、この確認から始まるのだと思う。

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国際社会の政策課題(アジェンダ)は変わった

 さて、今年2014年は国連・食糧農業機関(FAO)が定めた「国際家族農業年」である。ユネスコの和食文化遺産登録と同時期に、「家族農業」を見直すという、国際的潮流の転換が進んでいるのは、偶然ではないだろう。

 この「国際家族農業年」の理論的バックボーンとして、FAOの世界食料保障委員会の要請に応じて、「食料保障と栄養に関する専門家ハイレベル・パネル(HLPE)運営委員会」がまとめた報告書(原題「食料保障のための小規模農業への投資」)から、いまなぜ「家族農業」なのかを考えてみよう(この報告書の日本語版が間もなく農文協より発行される)。

 このHLPEの一員として参画し、日本語版の翻訳にも尽力した関根佳恵氏(立教大学)は、「規模拡大をしていずれ、より『企業的』で『大規模』な経営になるか、そうでなければ農業生産から退場して、都市労働者として賃金労働に従事すると想定されていた」これまでの農村開発政策や農業政策が、国際社会では見直され始めていると、次のように述べている(本号「意見異見」358ページより)。

「2008年の食料危機の際に、世界中で最も脆弱な立場に置かれたのは、他ならぬ小規模家族経営の農業生産者たちだった。小規模家族経営の多くは、農業資材や飼料といった投入財の価格上昇に対して脆弱であり、しかも食料の完全自給ができていない上に所得が低い傾向にある。そのため、農業経営の条件悪化と食料調達の条件悪化の二重苦に見舞われたのだ。

 世界の飢餓人口の7割が農村地域におり、そのほとんどが農業を生業としていることから、多数の小規模農家の状況改善なくして、世界の食料保障は実現できないことが認識されるようになった。もはや、一部の『育成すべき経営』に政策や予算を集中させるのではなく、広く小規模家族経営全体の生産基盤や生産条件を改善することが、国際社会の政策課題(アジェンダ)として登場したのである。食料自給率が低く、潜在的に『飢餓化』する可能性を秘めている日本にとっても、大きな検討課題が突きつけられている」

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なぜ、いま、小規模家族農業なのか

 報告書の第2章「なぜ、小規模農業へ投資するのか」では、世界各国の状況や取り組みにふれながら小規模家族農業の価値を整理している。そのポイントを列記しよう(以下、日本語版からのダイジェスト・引用文献等は割愛)

(1)小規模農業は高い生産力をもつ

「小規模農業が(企業的大規模経営より)高い生産力を示すことは、少なくない」「それは、小規模農業は自営農業であるがゆえに、労働に対するインセンティブ(動機付け)が有利に働く構造があるのに対し、雇用労働力を用いる場合は、厖大な取引・管理費用がかかるためである」としたうえで、報告書では「世界の耕作可能な全農地の10%を利用しているに過ぎないが、世界の食料の20%を生産している」中国やブラジル、あるいはアジアの稲作生産システムなどを例に、小規模農業の高い土地生産力に光を当てている。大規模農業経営が絶対額では生産を独占しているアルゼンチンでも、小規模経営の単位面積当たりの生産額は大規模生産者よりも平均1.5倍高いという。

(2)農家の兼業は世界的にも自然なこと

 西アフリカ・ベナンのパーム油生産量やブラジルのファリーニャ(キャッサバデンプン製のパン)、インドネシアのテンペの生産などでは、栽培・加工・販売まで何万もの小規模経営体がこれを担っていることを紹介したうえで、報告書では、「OECD諸国でも途上国でも、小規模経営レベルや地域レベルで経済活動が多様であることは、農村経済において目新しいものではない」として西欧の事情にもふれている。以下は世界で最も近代化した農業を進めているとされているオランダの話。

「昨今の欧州危機以前でさえ、オランダの農業経営の80%が、男女の別を問わず、農外賃労働に従事していた。平均すると稼得所得の30〜40%が農外雇用から得られた計算になる。オランダでは、こうした多様な経済活動がなければ、農業経営の多くは経営を存続することができなかっただろう」

 フランスでもフルタイムの農業経営の半数以上が「その他の有給活動」に従事し、イタリアでは全農業経営の90%以上が多就業活動を行なっている。

「より重要なことは、フルタイムでの農業生産に従事している専門特化した集約的農業経営が、近年の経済・金融危機の際にはたいへん脆弱であったという事実である。デンマークやオランダでは、そうした経営の多くが、農場の閉鎖に追い込まれたのである」

「この多様化した活動パターンは、まちがいなく現代農業像の一部である。こうした多様化が生じるのは、農業が農家世帯のニーズを満たせないから生計を『多様化する』という過程だけでなく、北の国々でも南の国々でも、歴史的にみれば多様化が農業の構造的特徴であるからである」

 農家の兼業は、世界的にも自然なことなのである。

(3)生産者と消費者との直接的な結びつき

 報告書では、農家と消費者の直接的な結びつきを、新たな取り組みとして注目している。

「生産者と消費者とのより直接的な結びつきを回復するために、都市部では新しい販売経路や市場が生まれている。こうした運動の多くは、農業生態学ないし有機農業の原則をもとに形成されている。これらの運動はまだ小規模であり、世界全体における評価がなされているわけではないが、成長している」

(4)環境負荷の少ない持続的な農業の担い手

 環境負荷の軽減、化石燃料の節減など、効率的で持続的な農業に果たす小規模農業の期待も大きい。 

「化学肥料および農薬の集約的使用や家畜の集約的飼養が、とくに地域全体に適用されるとき、多くの場合、深刻な生態系不均衡(地下水の枯渇や富栄養化)や汚染を引き起こすおそれがある。こうした事態は、例えばヨーロッパ、アメリカ、中国、およびインドのいくつかの地域で実際に起きている」とし、これを促進した「緑の革命」は、「今では大いに問題視されており、これらの国の多くでは、農場でも農村地域レベルでも、利用する投入財を抑制し、より多様なモデルを促進する最中にある」と報告している。

 さらに、在来種を保護するインドの女性たちの活動とその遺伝資源としての重要性にふれながら、こう述べる。

「小規模経営の参画とイニシアティブがなければ、環境面で持続可能な農業などありえないだろう」

 なお、インドの女性に限らす、西アフリカ・マリにおける女性のエシャロット生産協同組合など、女性の活躍や役割を重視しているのもこの報告書の特徴である。FAOも小規模家族農業を担う女性への支援を強く要請している。

(5)小規模農業が育む「知の体系」

 報告書は、文化や芸術にも言及する。

「おそらく、小規模農業を開発・支援する最も重要な理由は、小規模農業が多くの社会集団にとっての故郷だからである。こうした社会集団の解放は、より広範な社会や人間の開発にとっての鍵である」

「小規模経営の人々は、芸術、音楽、ダンス、口承文学、および建築など、きわめて印象的でバラエティに富んだ文化的レパートリーを持っている。こうした文化遺産の一部を、フランスの農村社会学者アンリ・マンドゥラースは『地域の芸術』と呼んだ。この概念は、小規模農業が数多くの知の体系を有していることを表わしている。こうした知の体系は、時間をかけて発展してきたものであり、地域の生態系や社会様式の特性に適応し、地域資源に本質的基礎を置いた高度に生産的なシステムに農業を変えていくといった驚くべき能力を示すものである」

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TPPに突き進む日本政府の異常性

 日本語版には、M・S・スワミナサン氏(HLPE運営委員会議長)から「日本語版への序文」が寄せられている。スワミナサン氏はインドの農学者。ケンブリッジ大学で遺伝学を学び、帰国後、緑の革命と呼ばれる米・小麦の品種改良に従事。この功績によりマグサイサイ賞を受賞したが、その後食料(安全)保障の見地から緑の革命に批判的な立場をとり、持続的農法の推進者として活躍している。1999年、『タイム』誌の「今世紀もっとも影響力のあったアジアの20人」に選ばれた。

 氏は、低い食料自給率や農家の高齢化、食料、飼料の輸入依存など、日本農業の脆弱性にふれつつこう述べる。

「日本の政策決定者たちは、農地の集約化と規模拡大にむけた構造改革をより徹底し、企業の農業生産への参入を促進するための規制緩和を行なうといった形で、農業政策を方向づけてきた。しかし、こうした政策上の選択肢は、国民に対して十分な食料、雇用、および生計を提供できるのだろうか。食料保障を実現できるのだろうか。そして、日本社会の持続可能な発展に貢献できるのだろうか。そのような疑問が持ち上がっている」

 さらに、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故にふれてこう記している。

「こうした出来事を経て、現代の経済システムおよび社会システムに潜むリスクに多くの日本人が気づき始めるようになった。日本の社会経済システムは、潜在的脅威を内包したエネルギーの大量消費、現代の科学技術への過度の信頼、そして経済効率性の行き過ぎた追求の上に構築されてきたのである。他の経済部門と同様に、農業も、持続可能な発展に至るための重大な岐路に立っている。震災後の日本では、被災地復興のための新たな工業的農業プロジェクトが数多く動き出しているが、他方で、新しい連帯のシステム、農業生産活動や農村活動と結びついたエコロジー的で小規模なエネルギー生産プロジェクト、地域の食と知恵、そして食料保障に対する希望も見出すことができる」

「本報告書が、日本農業の目指すべき適切な方向についての政策論議を豊かなものにし、支援し、そして日本の未来における小規模農業の役割を見つけ出す一助となることを願うばかりである」

「訳書あとがき」で村田武氏(前愛媛大学教授)はこう述べている。

「世界のこのような動きからすると、TPPにおいて日本の農産物市場の全面開放を求める農業大国のアメリカとオセアニアの政府は、国際社会の切なる願いである飢餓人口の削減、それを実現するための各国の家族農業の共存と食料自給力の向上に敵対する存在であることが明らかだ。そして、TPPへの参加を強行し、『攻めの農林水産業』を叫ぶ『アベノミクス成長戦略』の異常さが際立つ」

 今年、2014年を、TPP促進に向かう日本の異常性を糺し、家族農業とむらの共同という「変わらない」ことを未来にむけて伝承していく、元気な1年としたい。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

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この記事の掲載号
現代農業 2014年2月号

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おばあさんからの聞き書きで、各県の風土と暮らしから生まれた食生活の英知、消え去ろうとする日本の食の源を記録し、各地域の固有の食文化を集大成する。救荒食、病人食、妊婦食、通過儀礼の食、冠婚葬祭の食事等。[本を詳しく見る]

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