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農文協トップ主張 1986年04月

お母さん簿記をつけてください
お父さんにかわってのお願い

目次

◆「女の仕事」に簿記を!
◆母ちゃんの訴え「借金に恐れおののいています」
◆編集部より「借金の実態をつかんで!」
◆わが家の実態を知って局面がひらけた
◆農家のやりくり術 昔は自給、いまは簿記
◆家計簿から簿記へ

「女の仕事」に簿記を!!

 ちょうど一年前、昨年四月号の主張欄で「いま女の仕事が大切な時代」だと、訴えました。

 いま「仕事」といえば、一時間にいくら稼ぐか、一反でいくら稼ぐとかいうお金勘定でする仕事が、世の中を支配している。この、一時間いくら一反いくらの仕事は「男の仕事」だ。農業・農村は男の仕事だけでやっていると、大事なものを失い、貧しくなっていく。これに対して、生活のあらゆる場面を豊かにしていくのが女の仕事。たとえば、春、わが家で食べるために豆のたねをまく、これは豆の種子を保存し、食事を豊かにする仕事であり、気候の変化に合わせた豆腐つくりや大豆粉づくりなど地域の自然を生かす仕事だ。子どもにわが家の味、地域の味のよさを味わわせ、一生健康に生きるための味覚を身につけさせる仕事にもつながっている。つまり、たねまきは子どもの教育にもつながる仕事である。

 このような、一つの仕事でありながら、暮らしのあらゆる場面がよくなっていく仕事を女の仕事と名づけ、春のたねまきの時期にことよせて、女の仕事を農家の仕事の基礎として、デンと据えることの大切さを訴えたのでした。

 多くの方から、「同感だ」との手紙もいただきました。

 そして、いま全国各地で自給運動が盛んです。食事を豊かにする運動、家族の健康を高め食の楽しみをふやす運動です。まさに、農家の母ちゃんによる女の仕事が花咲り、まことに頼もしい限りです。

 さて、「女の仕事が大切な時代」と訴えてからちょうど一年後、今回は、もう一つ別の仕事を、お母さんたちにお願いしたいのです。自給運動=女の仕事とはまったく逆の、お金勘定の仕事です。お金中心の仕事だけではダメだといっておきながら、今度は、わが家ではいくら稼いでいくら損しているかを見定める仕事を、とくにお母さんたちにお願いしたい。

 農文協論説委員会は、いまのところ男ばかりです。男の身勝手! といわれそうですが、お母さんに、簿記をつけて欲しい、これが今年の春のお願いです。

母ちゃんの訴え 「借金の恐れおののいてます」

 「若葉の色が日増しに濃くなり、すがすがしい季節になりました。しかし、今の季節とは裏腹に、毎日がくもり空のような重苦しい日々でございます。と申し上げますのは、多額の借金に恐れおののく生活に明け暮れております。恥をしのんで、現在までの経過を申しあげ、今後の再建にぜひご指導をあおぎたいと……」

 ひとりのお母さんから、この便りをいただいたのは、ちょうどたねまきの季節の五月のこと。女の仕事が畑で活気をおびるこの季節に、借金の重圧でそれどころではないお母さんたちがいたのでした。

 手紙には、以前は専業農家でやっていたのが、子どもの結婚式など年々派手になる中で、生活の大口出費がかさみ、農協の営農口座から生活にも振り向けることが続いて、借越がたまっていったこと、解決策としてご主人、息子さんが勤めに出ていたが、地域に安定した職がなくなり、機械を買った制度資金も払い切れなくなったこと、などが切々と書かれていました。そして、

「組合員勘定と制度資金のいっかつ支払を農協より命じられ、まさに晴天のヘキレキ、現在の収入では返済する可能性が乏しいと見た農協は、保証人にまで連絡し、連日の苛斂誅求《かれんちゅうきゅう》であり、やむなく土地を担保に負債整理の融資をいただき、保証人に大きな迷惑はなかったのです。ところが据えおき期間もなく、翌年より返済となりましたが、家族に思わぬ事故があり出費がかさみました。主人は他県に出稼ぎにいきましたが、不なれな土地と仕事で思うにまかせず……負債の整理にはあてられず、数年前と変わらない事態にただあ然とするばかりです。……」

 このお母さんは、『現代農業』で借金農家の記事を読み、感動し、そこで書かれている再建整備資金について知りたい、わが家の借金をその資金に借りかえることはできないものか、と問い合わせてきたのでした。

編集部より 「借金の実態をつかんで!!」

 このような問合わせのとき、編集部では、まず、そのお宅の借金の状態と、収入・支出の状態を整理していただきます。借金の内容はどういうものがあるか、制度資金も農協資金も銀行ローンも、あらいざらい出して、それぞれの額、利子率、年間返済額、返済期間をハッキリさせてもらうのです。そうすると、毎年いくら返さなければならないかが明らかになってきます。

 いっぽう、一年間の収入と支出(農業経営費、家計費)をすべて出して計算すると、借金の返済にどれだけまわせるかがわかります。そして、どれだけ不足するか、苦しい時代はいつまで続くかが明らかになってきます。この関係がわかって初めて、再建整備資金を借りて改善される可能性と、資金の必要度などがわかるのです。

 手紙のお母さんにも、そのことをお知らせし、右のような経営資料ができたら、「制度資金の上手な利用法」の著者の楠本雅弘先生に紹介する旨、手紙を書きました。同時に右のような経営状態がつかめれば、再建の第一歩を踏み出したも同然だと申し上げたのです。

 お母さんからはすぐに返事がありました。「主人も非常に喜び、久々に家の中に笑声が聞こえたと喜んでおります。さっそく債務総括表と経営実態表を素人で作成しましたので、欠点ばかりですが、取りまとめて送ります」。経営の資料と同時に、家族皆んなで借金の実態と経営状態をみつめることにより、何としても一丸となって完済までがんがらなければいけないとの決意が語られ、再建整備資金導入への念願が記されていました。

 そして、お母さんがつくった資料を送って、楠本先生に問い合わせました。楠本先生から県の公庫の方への紹介もあり、いっぽう家では農業委員会や農協に通い、資金導入に向けて検討が始まったのです。

わが家の実態を知って 局面がひらけた

 現在のところ、まだ再建整備資金の貸付には至っていません。ほぼこの三月には借りられるだろうとの予測がなされている状態です。だから、今は決して経営がラクになったといえる段階ではないのです。しかし、現在、家族の気持ち、毎日のとり組み方は大きく変わりました。

「年老いた両親も健在で、私達の実情を知り、ゲートボールの日をさいて、手伝いなどをしてくれますので助かります。このような両親を見ますとき、営々と守りつづけてきた家産を、私達の代で人手に渡すことはできないのであり、なんとしても借金を返済する決意に家族一丸となり、話し合い、各自の分担を理解して、一日も早く返済をと計画しております」

 このような取り組みは、再建整備資金導入のメドがつく前、つまり、お母さんがわが家の経営の実態(借金内容、経営収支)をつかんだところからスタートした、ということが重要です。わが家の実態を家族皆んなが知る、そしてそれぞれの役割を理解しあい、全力をあげて一丸となって借金減らしに取り組む。このスタート点が、お母さんによる経営の把握だったのです。そのときから家族の協力により、多すぎる経費や生活費の節約、生産の向上への努力が始まった。

「生産性を高めるため、数年休耕していた畑地などを昨日までに二〇アール復元し、七月に播種できるようになりました」。

 そして、そういう中で、農協の態度もかわってきました。復旧した畑に植えるのに、有利な作目の選択や植付の指導など、積極的に支援してくれたといいます。その家の目標が定まり、その実現に向けて地道な努力が始まったとき、農協も手をさしのべた、ということなのでしょう。

 他人や組織・団体のいい面をひき出すこと、これもわが家の確かな目標に向けて積極的な取り組みがあってのこと。それは経営にとって重要な「技」ということができます。積極的な取り組みの中での、母ちゃんの一途さも、「技」のうちです。

 昨年の「女の技」のコーナーで、ある酪農母ちゃんは簿記をつけてみて、借金減らしにはエサ代減らしこそ必要だと気がつきました。そして、蛮勇をふるって、農協組合長に体当たり、借金のメドがつくまで安い商系のエサに変えることを頼み込んだものです。汗と涙の体当たりに、組合長も「ガンバレ」と励ましてくれたといいます。

 こんなことは、男=経営者ではなかなかできないことです。農協組合員であったり、役職についていたりの「立場」があります。いざ、決意して交渉にいっても、どうしても理屈と理屈のぶつかり合いになりがちで、あとくされが残ることもままあるものです。母ちゃんが、登場する場面は、経済社会においても、少なくないのです。

 お母さんがわが家の経営の実態をつかむこと、母ちゃんによる経営把握の意味はかくも大きい。

 借金がたまってどうしようもなくなった経営を見ると、もう少し早く家族が経営の実態をわかり合っていたら……と悔やまれることが少なくありません。もう少し早く、農家簿記の記帳を! です。

農家のやりくり術 昔は自給 いまは簿記

 「女の仕事が大切だ」といいながら、今度はすべてお金のことか!? といわれそうです。もちろん、食べものつくり=自給運動などが代表する女の仕事は大切です。しかし、現代の女の仕事には、お金勘定=簿記の記帳をもぜひ加えていただきたいのです。

 昔の農家・農村は、生産も生活も自給が中心でした。食べものを自分の家でつくるのは当然のこと、家の新築・改築でも柱や屋根に使うカヤを何年もかけて準備しておき、自前の手間も多く使って建てたものです。生産は家族の労働が中心でした。だから労働の疲れをいやし家族の体力をつける食べものを自分でつくれば、特別、道楽でもしない限り、農家が倒産することはありませんでした。

 つまり、自給に精を出すことが、農家の存続の基本であり、それを上手にやるのが、主婦のやりくりの腕だったのです。

 しかし、いまはちがいます。農家の破局は、ある日突然にやってくることが少なくないのです。昔、自給に精を出す働きものの母ちゃんがいれば、誰の目にもあの家は安泰だと、明瞭に見えたものです。しかし、いまは、その家が安泰かどうかは、目には見えません。一見安泰で豊かに見えても、突然にして危機という事態はめずらしくないのです。

 借金地獄です。この目には見えない危機は、他人からはもちろんのこと、家族にさえ見えていないことが少なくないのです。借金のことは人にいいたくない、家族にも知らせたくない、こんな父ちゃんは少なくありません。借金のことは自分で結着をつけていくという自負心もあるから、家族に知らせようとしない、自分も厳しく吟味する気にならない、借金とはそんな心理状態を誘う不思議な存在です。

 そして、その不思議な存在は、他人に、家族に、いや本人にさえハッキリとは知られないところで、ひとり肥りつづけていきます。金利です。現在、農家の状態が見えにくにといっても、この借金の金利ほど見えにくいものはありません。いまわが家で金利をいくら払っているか、即座にいえる人は、どのくらいいるでしょうか。

 右に紹介したお母さんが、もっとも恐れたのは、この金利による借金の水ぶくれだったのです。

「一日一日債務の方は利息が加算されていきます」「前年度の元金と利息分を今年分に書き入れ、結局二〇〇数万円の貸越限度がもらえたとしますが、実際に意のままになるのは五〇万か六〇万で、また悪循環の貸越をする借金の水ぶくれはますます大きくなるばかり……」。これが、何よりも恐ろしかったのです。

 現代は、このなかなか見えない借金・金利の動きをつかまないことには、わが家が安泰かどうかは判断できないのです。やりくりはつかないのです。

家計簿から簿記へ

 かつての自給がそうであったように、いまやりくりのカナメは、母ちゃんによる経営把握=簿記の記帳にほかなりません。

 家計簿をつける母ちゃんはたくさんいます。「家の光家計簿」は毎年一五〇万部売れているそうですから、家計簿をつけなければと考える母ちゃんは、本当に多いと思います。もちろん家計簿は大事です。しかし、さらに、わが家の借金・金利の動きがどうなっているか、経営全体の収支がどうなっているかをつかむ簿記が、必要な時代です。

 一〇九ページで紹介している和牛母ちゃん・山田良子さんも、借金減らしに取り組む中で、家計簿から簿記記帳へと進んでいった一人です。家計簿の余白に、農業収支を記入することから出発して、正式の農家簿記へと進展していきました。そして、この進展は、借金減らしから経営再建へ進むわが家の発展のコースと軌を一にしているのです。

 その中で、山田さんは、農家簿記は家計簿よりも取り組みやすいと思った、といっております。つける費目が多くてしかも毎日記入しないといけない家計簿に比べて、簿記は原則がわかれば、日常の取組みはしやすかったということです。

 現代では、自給をよくしていても簿記をつけていなければ倒産という事態は起こり得ます。逆に自給していなくても簿記をつけていれば倒産することはない時代です。

 農家の現在そして将来を、生産と生活全般にわたって見渡せるのは母ちゃんの立場です。去年は女の仕事として初めに述べたようなお願いをしました。さらにそのうえのお願いとあっては、父ちゃんも気がひけるところです。しかし、できる限りの協力は惜しまないはずです。男ばかりの論説委員会は、いささか身勝手かとは思いつつも、父ちゃんたちにかわって、簿記の記帳をお願いします。

(農文協論説委員会)

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