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農文協トップ主張 2009年5月号

「自然力更生」で地域産業を興す
三澤に学び、「現代農業」を活かして「風土の発見と創造」を

目次
◆自然力更生にむけた、地域力と自分力の発見こそ大事
◆風土活用型農業が、いま、儲かる
◆農家がすすめる小さい風土=微気象空間づくり
◆農家の「対象凝視」が風土を創造する
◆風土の表現体として作物・品種を育む
◆外部経済からの打撃を受けない風土産業を創造する

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自然力更生にむけた、地域力と自分力の発見こそ大事

「昭和初期、農村不況の打開策として満州移民が政策としてうちだされた。このとき、当時の農村指導者の多くは、これに双手をあげて賛成し、熱っぽく移民を説いて回り、自分の村から送り出した移民の数を競う現象すら生じた。こうした時流のなかで、三澤勝衛先生の『風土産業論』は展開された。

 風土を活用して国内生産を強化すれば、満州やブラジルに行く必要はないという、遠慮がちな表現ではあるが、当時とすれば随分と思いきった問題発言である。先生の目ざした風土産業による地域振興の目的は、人が生まれたところで安んじて生活できる状態を作出することにある。それ故に、風土の活用は、風土に正しく生きる者によって初めて可能であるといわれたのである。山川風土と相識った郷土に土着したいという、農民の根源的な要求に、身体を張って応えようとしたところに三澤風土学の真骨頂がある」(本誌1987年3月号「風土技術の時代」津野幸人 当時鳥取大学農学部教授)。

 三澤勝衛は1930年代、世界大恐慌・昭和恐慌のなかで、地域ごとに個性的な「風土産業」を興し、「連環式経営」で国内外の市場競争に負けない、巻き込まれない地域の産業をつくることを提唱した人である(注)。

 地方の疲弊が深刻化するなかで、国は農村工業導入をテコとする「経済更生・自力更生」を打ち出したが、これに対し三澤は「自力更生より自然力更生」を、と主張した。三澤は「自力更生」の「自力」に、自然や風土を無視した人間中心主義、自然を征服しようという科学万能主義をみてとり、地域の風土を知らない国、あるいは都市の側からの施策の押し付けでは「更生」はありえないと考えたのである。こうして三澤は、自然力更生にむけた風土の発見、地域力と自分力の発見こそが大事だと説くのである。

 いま、不況が深刻化するなかで求められているのは、まさしく「風土産業による地域振興」である。都市部の失業の増大に対し、雇用の受け入れ先としても農林漁業が注目を浴びているが、これを一時的な逃げ道としてではなく、地域による農業、産業を創造する機会に生かしたい。それぞれの風土にあった産業と暮らしを再構築すること、「自然力更生」によって持続可能な社会へ転換することが求められているのである。

「自然力更生」の基本は農業にある。そして農家はこの間、自然力・地域資源を活用する方法を次々工夫し、産直・直売によって地域住民との結びつきを強め、地域の元気を支え、地域の「更生」を担ってきた。1月号、3月号の「堆肥栽培」も、2月号「直売所名人になる 品種編」も、4月号の「ありっ竹 使いきる」も、そして今月号の「マメ科を活かす」も、太陽と大地とその地に住むすべての生物など、地域資源を活かしきる生産と暮らしにむけた農家の取り組みである。これを土台に農家はいま、地域の「自然力更生」を着実に進めている。

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風土活用型農業が、いま、儲かる

 風土に着目するとき、現状のさまざまな問題もちがったふうに見えてくる。たとえば遊休農地問題。中山間地を中心に遊休農地が増え、その解消に向けて多額の予算をつけて「総合的な遊休農地解消対策の推進」事業が行なわれている。しかし、遊休農地が増えている根本的な原因は、よく指摘されているような農家の高齢化とか後継者不足によるものではない。それは結果に過ぎない。大量生産・大量販売による農業近代化のなかで、儲からない「条件不利地域」が大量に生まれ遊休農地化したのである。

 三澤は「条件不利地域」などとはいわない。それは風土をあてにしない工業や商業の見方だ。「風土に優劣はなく」、上手に活かせば「無価格で偉大な価値を発揮する」と三澤は考える。そしていま、小さな流通が盛んになるなかで、風土の偉大な価値を発揮し、それゆえ結果として儲かるやり方が生まれている。長野市周辺での遊休農地復活に取り組む事例から考えてみよう(本号319ページ)。

 長野市の隣・中条村。ここではいま、地元農家と野菜の契約栽培を進める青果卸売市場「(株)長印」の後押しで、高齢農家によるカボチャづくりが行なわれている。

「村をぐるっとひとまわりしてみると、かつてのいい農地、そこが荒れている。日当たりもあんなにいいのに……」
 退職して農業委員にもなった塩入章光さん(67歳)は、カボチャづくりが始まる前のむらの様子をそう振り返る。「特におらほの村がひどい」。

 中条村の畑は小面積で急傾斜、年間降水量は950mm前後と少なく、干害にもあいやすい。人口の減少に加えて、高齢化率の高さは県下でも上位に位置し、耕作放棄地も増えるいっぽうであった。その村で、干ばつに強いカボチャづくりが始まったのが2007年。いまでは、「いい仕事をつくってくれてありがとう」と、畑でもうひと踏ん張りする高齢農家が増えている。

 塩入さんが中心となる農家グループ「かぼちゃの会」のメンバーは23名。カボチャの作付けは1haで、一戸平均4aちょっとだが、全量、長印との契約栽培で「出口の見える」ことが励みになっている。

 価格は個人差があるものの、カボチャ一玉の手取りで300円を記録した人もいる。塩入さん自身、3.5aの畑で粗収入が15万5000円、10a換算すると約44万円となる。かつてはダイズで1万円(10a換算)しかとれなかった土地で、である。

 荒れた土地を起こした人もいれば、自家野菜畑を利用した人もいる。「カボチャの会」のメンバーはほとんどが70歳以上。それでも、ひとりひとりがムリのない面積をこなすことによって、契約の際に必要だといわれた1haに達することができた。

 長印の担当者、滝本勝水さんはカボチャの魅力をこう語る。

「重いといっても一つずつ収穫するわけですし、管理も毎日の仕事ではない。タネを落としてから、120日で確実にお金になるのですから、農家は畑を手放そうという気にはならないでしょう」

 滝本さん自身も自宅は中条村にある。農家所得を確保し、長続きする農業のためにも、この中条村という土地の「悪さ」を生かしていくしかないと考えている。

 三澤著作集第3巻『風土産業』では、乾燥地、やせ地、傾斜地それぞれの風土を活かせば、他所ではできない、収益も充分得られる特産品がつくれることを事例も挙げながら随所で指摘している。そんな三澤の思想と実学を、現在の遊休農地対策に生かしたい。

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農家がすすめる小さい風土=微気象空間づくり

 三澤著作集第1巻『地域個性と地域力の探求』の口絵に「すいか畑の風除けとねぎ」の写真が掲載されている。強風地帯の耕作風景だが、小麦のウネの間にスイカが植えられ、風除けとしてマメの茎が立てられ、そしてネギが植わっている。ムギが風除けになるとともにアブラムシの飛び込みを防ぎ、ネギが害虫や土壌病害を防ぐ役目を果たしていたのであろう。まさに「ネギ・ニラ混植」、すでにネギがコンパニオンプランツとして利用されていたのである。

 三澤は、「大気と大地の接触面」に風土を見出し、接触面の微気象空間を豊かに、立体的に構成する農家の工夫に注目する。間作、混植のスイカ畑は、地表と土壌の根圏環境に複雑な微気象空間をつくり、それによって、風除けだけでなく病害虫や連作障害対策にもなり、麦稈は有機物として土つくりにも活かされる。農家の伝統的な間作・混作技術、ムギワラなど収穫残渣の地表被覆などは、小動物・微生物が繁殖する環境をつくり、作物が健やかに育つための小さい風土、微気象空間づくりの基本技術である。

 今月号の巻頭特集「マメ科を活かす」も、そんな農家の微気象空間づくりの魅力的な工夫である。土の劣化がすすみ、資材高騰時代でもある現代でこそ活かしたい風土技術だ。

「ササゲといっしょに育ったミニトマトは他のミニトマトよりもよく実をつけ、長期間収穫できました。それ以来、自然とマメ科植物と野菜を混植するなど、いろいろなマメ科植物を農地に導入して楽しんでいます」

 こう述べる竹内孝功さんは、ダイズやアズキ・ササゲはムギなどと輪作し、ちょこちょこ食べたいマメ科野菜、たとえばエンドウ、ツルありインゲンは、キュウリと混作している。病害虫が減り、土が肥沃になり、収穫できる野菜の量も種類もふえたという。

 レタスとエダマメという体系で、のべ作付面積約18町歩、売り上げ9000万円稼ぐ、(株)鈴生のレタスは、品質にうるさいモスバーガーも冬場のレタスのメインにしてくれているほど評判がよい。その秘訣が「エダマメの樹(茎葉・根)を戻して」畑を改善することである。

「静岡は早出しエダマメの産地で、束ねて出すと結構いいお金になるんですね。だけど、そのエダマメあとにまたレタスをつくると、これがどうも調子が悪い。イネあとの田んぼにつくったレタスより悪い。何でだろうと考えたら、レタスで持ち去り、エダマメで持ち去り……で、畑がどんどん消耗してしまったせいだと気づいたわけです。脱莢機を買ってエダマメをサヤ出荷に変えて、残った樹(茎葉)を畑に戻してみたら、まあ見事にレタスが復活しました。田んぼのレタスより俄然よくなりました。それからですよ、僕らの成功の人生が少しずつ始まってきたのは……」と(株)鈴生の鈴木貴博さん。

「根粒菌って唯一、目に見える微生物じゃないですか。エダマメの根を抜くたびにビッシリついてるのが見えて『菌がどんどん成長できる畑になったんだなあ』って快感ですね」

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農家の「対象凝視」が風土を創造する

 三澤は、野外に立って「対象凝視」することを風土発見の基本にすえた。その姿勢・方法は農家と共通する。

 高知県四万十町の桐島正一さんは、雑草を「対象凝視」し有機栽培に生かしている(本誌3月号156ページ「鶏糞栽培で号泣する味の野菜60種」)。

 60種類の野菜を鶏糞主体の有機栽培で毎日切らさないようにつくる桐島さんは、畑の状態を把握して次に何を植えるかを決めている。その畑の状態を教えてくれるのが雑草なのである。

 たとえば硬い草(とくにイネ科)が生えているところは、養分バランスが悪く肥料も少ない。いっぽう柔らかい草(ハコベやナズナ、ホトケノザなど)が生えているところは、バランスのいい土と見る。硬い草の生えてきたところはアズキやダイズなどのマメ科やトウモロコシを、柔らかい草が生えているところは長期どりで栽培が難しい水ナスやピーマンなどの果菜類を植えるようにしている。そして、トウモロコシを植えると柔らかい草が生えやすくなるなど、畑の状態を把握した作付け、輪作が土を改善する。さらに、野菜や雑草のサインを見ながら追肥のタイミングを判断する。そんな「対象凝視」にもとづく栽培が、「涙がこぼれるほどやさしくて繊細な味」の野菜をつくる秘訣になっている。

 三澤のいう「風土」とは、農家にとって生産の場所であり、暮らしの場所でもあり、むらそのものである。むらの地理学的表現が「風土」である。そうした風土をわれわれが実見・観察できるのは、土壌、植生(作物)、動物、人間の四種類の「風土の表現体」による。この表現体は自然と人間、土壌と植生と動物間相互の、働きかけ働きかけ返される動的な関係で成立している。この表現体を凝視すること=対象凝視で風土を発見し、発見にもとづいて働きかけ方を工夫し、こうして風土は創造される。

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風土の表現体として作物・品種を育む

 自然力更生の究極のひとつは、作物、品種がもつ生命力の活用である。資材依存型農業は作物の生命力の生かし方を見逃してきた。

「私はハウスに暖房を入れて冬に夏野菜を作る、というような力任せの方法は採りません。早晩生や晩抽性、短長日性や休眠性など、特定の品種が持つ特性を知ったうえで、人が真似できない時期に作期をずらしたり、春野菜を秋に収穫したり、といった作りこなしを(私の住む地域の気候に合わせて)するのです」

 こう話すのは、本誌でおなじみ、青木恒男さんである。

 青木さんは「ずらし売り」の名人。トウモロコシの2カ月早出し、タマネギ年内出し、スナップエンドウの年内から4カ月長期どり、ハクサイの端境期珍品種勝負、ブロッコリー側枝どりと2回定植などのみごとな作期ずらしを実現している。品種の秘められた特性に着目し、「力任せの方法」ではないやり方でその特性を発揮させ、こうして自分流の個性的な野菜つくりを進める。

 三澤は、その地の作物が個性的になる源を風土に求め、品種については「『ここで、この品種であればこそ、こんな立派な成績をあげ得る。他の地方へもっていったのではとうていこれだけの成績をあげるわけにはいかない』といったところまで、その研究を進めていくことを期待するものである」と述べている。三澤にとって、品種は風土を体現する個性的な表現体であり、農家、地域民による品種の育成は、「風土そのものをもっとも充実した姿にまで進展させようとする努力でさえある」。
 そんな農家の工夫も進んでいる。

 おみやげの夕張メロンの形状・ネット・食味等のすばらしさに心を打たれた青森県五戸町の江戸正さんは、「わが家でもこのようなメロンをつくりたい」と思い、自分でタネ採りを始めた。北東の季節風に乗って6月を中心に毎日冷たい霧雨を運んでくる「ヤマセ」のなかでもよく育った株のなかから選抜を続けて10年、やや小玉だが、寒さに強く、かつみずみずしくて味もすこぶる良いメロンができるようになった。おまけにこの「わが家メロン」は病害虫にも強く防除はせいぜい1回、乾燥にも強く定植後5〜10日後に一度水をやれば収穫まで水をやらなくても問題はない。肥料もほとんどいらない(本年2月号192ページ)。

 他所の品種を自分の風土になじませる。風土が品種を育て、品種が風土を体現する。農家は「風土の発見と創造」の担い手である。資材も品種も、農家の「自給」は、ダイナミックな郷土化・土着化の行為である。

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外部経済からの打撃を受けない風土産業を創造する

 4月号の巻頭特集「ありっ竹 使いきる」が大反響である。荒れた竹山を使って竹肥料をつくれないものかと考えた徳島県鳴門市の武田邦夫さんは、普通数100万円もする竹の粉砕機を5万円で自作してしまった。静岡県南伊豆町の山本剛さん・哲農さん親子は、「荒れた竹やぶ」をラクに間伐、搬出できる工夫を重ね、農業用竹炭やくん煙竹などの竹利用・販売を進めている。里山に住む農家が竹肥料や竹チップ堆肥、竹炭・竹酢、家畜飼料など農業利用をすすめ、さらには、建築・住生活利用を回復させていけば、竹山を中心にさまざまな仕事、地域産業を「連環」させた、新しい風土産業を興すことができる。そのための素材や知恵が農村にはある。荒れた、やっかいものの竹山も宝の山に変えることができる。

 三澤は、「廃物をだすことは、産業経営上のきわめて幼稚な経営形態である」とし、作物生産―食品加工―食品粕のエサ利用―糞尿の農地還元という地域事例を凝視して「連環式経営」を提起した。そして、それぞれが風土に根ざし、密接不離の「全一体」であれば外部経済からの打撃を受けないとし、その根源を「大自然の機構の根本原理」との共通性に求めている。

 持続的な「風土産業」を創造し、安んじて生活できる地域をつくることが、いま、基本的かつ喫緊の課題になっている。

(農文協論説委員会)

(注)三澤勝衛著作集「風土の発見と創造」(全4巻・農文協刊)。第1巻「地域個性と地域力の探求」、第2巻「地域からの教育創造」、第3巻「風土産業」、第4巻「暮らしと景観/三澤『風土学』私はこう読む」。揃価2万9400円。

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

 三澤勝衛著作集1 地域個性と地域力の探求

地域振興・産業起こしでも、人びとの生活でも、生きいきと展開するには、必ず根底に「地域の力」があり「地域自然の偉力」が働いていなければならない。それは、地域固有の自然と、これを認識・活用する人間とが全一体化した総合力・統一力である。その力をつかむためには、野外に立って、大地と大気の接触面に現れるさまざまな「地表現象」に注目し、総合力の認識に高めていく。その基本的な考え方、野外調査の具体的な方法、観察指標と観察方法を具体的な調査事例とともに示す。地域個性把握の実践の書である。 [本を詳しく見る]

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