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農文協トップ主張 2011年5月号

大震災 復興への願いを込めて

目次
◆2人の農家から
◆農家・農業・農村が元気であればこそ
◆農家の復興支援
◆TPP反対をつらぬく

 去る3月11日に起きた東日本大震災は、想像を絶する犠牲と甚大な被害を各地にもたらしました。犠牲となられた方々のご冥福を衷心よりお祈りするとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 この原稿を書いている現在、被災地、避難所などでは水や食べ物、薬、燃料不足などで生命や健康にかかわる深刻な状態が続いています。原発事故は予断を許さない状況で、放射能汚染による農畜産物の被害、農家への打撃も拡大しております。

 この『現代農業』5月号が皆様に届く頃までには、被災地の状況が改善され、原発災害の拡大が抑えられていることを祈るばかりです。

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2人の農家から

 今回の大災害について、震災後まもなく編集部に寄せられた2人の農家の声を紹介します(今月号「読者のへや」に掲載)。

 必ず復興すると信じてがんばります
    ――岩手県一関市・千葉美恵子さんより

 最後の原稿(本誌の加工連載記事)を書き上げて以後、東北は大変な災害に見舞われました。大揺れのあと、停電・断水で今どこで何が起こっているかもよく伝わらず、大災害らしいとしかわかりませんでした。

 流通はストップ。ガソリンを求めて右往左往。その上生活品や食料を求めて行列と、かつてない経験をしています。

 やっと5日目に電気が通り、子どもたちと抱き合って喜びました。明かりひとつない暗闇の世界は異常でした。

 電気が復活したテレビから流れる各地の惨事には目を覆うばかり。私が茎ワカメでお世話になっている陸前高田市も壊滅的とか。市の8000戸のうち5000戸が流されたと、あとになって知りました。言葉もない状態です。

 運よくわが家は内陸のため多少の被害ですみましたが、ガス不足が心配で加工をストップせざるを得ません。

 でも希望は失っていません。終戦後の混乱を乗り越えた親にならって、私たちも必ず復興することを信じてがんばります。

 「国の災害」にいまこそ農家が立ち上がろう
     ――滋賀県野洲市・中道唯幸さんより

 今回の震災は、まったく人ごとじゃありません。こちらではまだ日常生活にそれほど変化が出てきておらず、どこか「東北の災害」と捉えている人が多いように感じますが、とんでもない。僕は日本という「国の災害」だと思っています。

 わずかなことであっても、できる限り復興への支援がしたい。農家の立場で考えると、今後の春作業ができなくなる影響も、半端じゃなく大変だと思います。全国の農家から、ある程度余裕を持って買ってある資材や機械を、本当に必要としている人たちに回す仕組みなどができないものでしょうか。

 直接的には何もできなくても、たとえば戸別所得補償でもらうお金の一部、たとえ1%でもいいから、「復興に役立てるために使ってほしい」と返上することを農家から提案するべきじゃないかと思っています。

 僕も正直なところ経営的にはラクじゃないし、労力も手いっぱいです。それでも農家として自分の仕事を一生懸命やること、ムダなく精一杯暮らすことで、ささやかでもそれくらいの貢献はできると思います。

 とかく農家は補助金漬けと批判されがちです。でも農家も国のことを考えて行動していることを示せば、批判する人たちの考えだって変わってくるはず。仲間には「どうせ国からもらう金やんけ。それくらいやる度量ないんかい!?」と発破をかけています。

 いまこそ農家が立ち上がろう! 仕事に専念していい米とろう!

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農家・農業・農村が元気であればこそ

 避難所・被災地では生命にかかわる深刻な状況が続き、また、農畜産物への放射能汚染は風評被害も含めて、関係県の農業生産に甚大な被害を与える恐れがあります。この打開には、国や自治体のより強力な対策を軸に、広範な国民的支援が求められています。

 そんな状況下で、復興について語るのは早すぎるかもしれません。しかし、中道さんのように、復興を願う農家の気持に励まされて、長くきびしいであろう復興への道のりのなかで、農家に何が期待されているか考えてみたい。そのことは「農家がつくる雑誌」である『現代農業』が、復興支援に何ができるかを考えることでもあります。

 この間、農家の高齢化問題やTPP議論など、農家をリタイアに追い立てるような論調がマスコミなどから流されてきました。しかし、農家・農業・農村が元気でこそ、この国の復興に確かな希望を紡ぎだす大きな力になると確信します。

 仙台市に本社をもつ『河北新報』に、「都市と農村の協定が力に 強い絆、物資次々 宮城」という見出しの記事が掲載されていました(3月17日付)。

 東日本大震災で、都市部の町内会と農村の営農組合の絆が、避難生活の大きな力になった。

「何が必要ですか」。宮城県加美町小野田地区の上区城内集落営農組合(65戸)の今野重幸組合長(51)ら3人は、地震翌日の12日午後、車で約1時間半をかけて仙台市泉区の松陵西小に駆けつけた。

「水、コメ、灯油です」。西小の避難所を運営する「松陵・永和台・百合が丘連合町内会」(約3750世帯)の宗片隆文会長(63)は答えた。

 今野組合長らは地元に戻り、かき集めた物資を、翌日から断続的に送り届けた。水はタンクローリーなどで6200リットル。コメは90キロ、灯油100リットルに及ぶ。ピーク時には530人以上いた避難住民の不安を和らげた。

 集落営農組合と連合町内会は昨年10月、「災害救援活動の相互支援に関する協定」を結んだ。協定には、災害時に相互に物資や人員を派遣する内容を盛り込んでいる。泉区の松陵中が旧小野田町(現加美町)で農業体験をしたことが、きっかけだった。

「こんなに早く協定が生きる時が来るとは」と今野組合長。

 小野田地区は家屋倒壊などの大きな被害はなかったが、停電し、電話は不通に。地域の復旧を待たずに、とにかく松陵地区へ駆けつけた。今野組合長は「協定をきっかけに、組合内は助け合いの機運が高まっている。できる範囲の支援はできたと思う」とほっとする。

 連合町内会の宗片会長は「困っている時にすぐ来てくれた。みんなで喜んだ」と感謝することしきりだ。

 仙台市の給水が始まり、物資支援は14日を最後にいったん終了した。「自分たちの生活に戻る」と今野組合長。組合は、支援のため遅れた稲作の準備に入る。(片桐大介)

 この記事では続いて、太子食品工業古川清水工場(宮城県大崎市古川)が13日から16日までの4日間、豆腐13万丁などを地域住民に無料配布したという取り組みも紹介しています。太子食品工業は東北産ダイズの活用にも力を入れており、本誌のダイズの機能性をめぐる記事でお世話になったこともあるメーカーです。

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農家の復興支援

 農家の復興支援について、次のように考えてみました。

(1)米をしっかりとろう

 まもなく今年のイネつくりが始まります。被災地周辺の田んぼでは、被害の様子もイネづくりを再開できるかもつかめないところが多い状況ですが、田んぼをできるだけ早く復旧し、被災しなかったところでは、中道さんのいうとおり「仕事に専念していい米とろう!」と元気を出したい。

 今年から来年にかけて懸念される米不足を農家の力で食い止め、日本の食を日本の農家が守る。食べもののありがたさを身にしみて感じた国民の期待に、米も野菜もしっかりつくって応えたい。農家に共通する思いだと思います。

 投機マネーの暗躍で国際穀物価格は乱高下しつつも、穀物事情は構造的に逼迫の様相を強めています。2007〜08年に起きた穀物・飼料不足、「食料争奪」の再来が心配されている時に、この大震災が起こりました。

 米を思いっきり増産し、昨年広がった飼料米、飼料イネにも力を入れたいと思います。

(2)直売所を盛り上げる

 仙台市で直売所が再開し、新鮮な野菜が住民に大きな励ましを与えている光景がテレビで映し出されました。他県では、住民とのつながりを築いてきた直売所や地産地消のネットワークが、農産物を届けながら義援金も集めるという取り組みも始まっています。先に紹介した岩手の千葉美恵子さんの加工が再開されれば、どんなにか地域が励まされることだろう、と思います。

(3)地元企業と連携して

 被災地での食料不足の打開にむけ、大手食品企業を中心に増産が進められていますが、農家も地元食品企業と連携を強め、地場産農産物を活用した地域食品を増産したい。

 農業とともに、地場食品企業や林業、漁業、土建業などさまざまな業種がつながりあって、地域が成り立ってきました。その連携が弱まり、それぞれに厳しい状況にある農家、JA、自治体、地元企業が連携して、地域産業を再興していく。そのことが、復興支援の大きな原動力にもなります。

(4)省エネ、省資材、自給エネルギー

 原発事故を引き起こした東京電力の電力供給は簡単には回復せず、夏場の電力不足が今から心配されています。重油、ガソリン、燃料などがどうなるか、定かではありませんが、身近にある地域資源や培ってきた技術をフル活用して省エネ、省資材を進めたい。本誌も7月号で「農家の水&エネルギー自給」の工夫を特集します。

(5)村での被災者の受け入れ

 被災した宮城県、福島県などから県外に避難した被災者は、数万人を超えるとみられ、被災者受け入れの動きは全国に広がっています。すでに被災地以外の各都道府県が公営住宅を無償提供することを決めたほか、全国知事会も各都道府県に被災者支援を呼びかけています。

 群馬県の人口5000人強の片品村では、尾瀬国立公園をはさんで福島県と交流があった縁で、原発事故で避難することになった福島県南相馬市の約920人を受け入れました。

 他にも、村での被災者の受け入れを検討しているところがでてきています。滞在が長期間にわたることも考えられますが、その時は田畑仕事を手伝ってもらったり、遊休地の復活を一緒になって進めてはどうでしようか。村のもつ相互扶助の気風のもと、自然を相手に仕事をすることで、被災者には癒しと生きる張り合いがもたらされるのではないでしょうか。

(6)風評被害を防ぐ

 農畜産物から放射性物質が検出されたことを受け、政府は福島、茨城、栃木、群馬各県でとれたホウレンソウとカキナ、福島県の牛の原乳、さらにキャベツなども加え、出荷制限を指示しました。これについて政府は「暫定規制値を上回る検体がいくつも出ている状況にかんがみ、消費者の安心(を確保し)、産地の皆さんの風評被害を最小限に食い止めるためやむを得ない措置として決定した」と説明しています。

 農産物の放射線量調査を徹底し、規制値を超えたものは市場に流通しないというシステムを確立するとともに、流通している農産物の安全性を強くアピールしていくことは政府の重要な課題だと思います。出荷制限・自粛を進める農家の悔しい思いや怒りに思いをはせるとともに、風評被害の広がりはなんとしても食い止めなければなりません。

 被災地での人命と生活破壊とともに、今回の大震災では多くの国民が傷つき、将来への不安をつのらせています。その不安を風評被害に向かわせることなく、逆に農家、農村への思いや理解につなげていく。そのために、自給も含めて農業生産を盛んにし、農家の心意気とともに国民に届けたい。今こそ、日本の農家・農業の底力の発揮のしどころです。

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TPP反対をつらぬく

 今回の大震災で、TPPは棚上げ状態になっていますが、被災地の救済・復興でアメリカの影響力が強まることが考えられます。緊急的・人道的支援として歓迎・感謝するも、これをテコにTPP路線に向かうことを許してはなりません。

 イネの有機栽培を推進する栃木県のNPO法人・民間稲作研究所の稲葉光圀さんは仲間の農家へ、被害報告とともに、以下のようなメッセージを発信しています。

「平成5年の米騒動のときは大冷害が明確になった8月に入ってから青刈りを強行し、230万トンの米を緊急輸入するという信じられないような政策が採られました。そして翌年は緊急輸入を既成事実としてお米の原則自由化が決定されました。今回もこのまま放置しておきますと来年米不足となりますから、TPPに加盟し、安いお米を輸入しても止むを得ないという世論がつくられます。そんなことにならないように、播種作業のはじまる3月中に生産調整の解除を政府に働きかけ、被害を免れた地域にお米の増産を呼びかけていきたいと思います」

 TPP反対の取り組みは、地域の農業と自立的産業、暮らし、地域コミュニティの形成を基本に、この国の未来の形を国民ひとりひとりがどのように思い描くかを問いかける運動です。

 自給を基礎とする新しい地域づくり、新しい「国のかたち」を視野に入れて、危機を打開し、復興への道のりを読者とともに粘り強く追究していきたいと思います。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2011年5月号
この記事の掲載号
現代農業 2011年5月号

巻頭特集:管理機名人になる! イナ作 サトちゃんが来た 新潟編/野菜 いまどきのマルチ使いこなし術/果樹 あんまり刈らない草生栽培/やっぱり枯れた!「竹の1m切り」/失敗から学んだ私の自然養鶏/イモ植え、わたしのコツ公開 ほか。 [本を詳しく見る]

水田活用新時代 水田活用新時代』谷口信和 著 梅本雅 著 千田雅之 著 李侖美 著

米価下落、TPP・自由化路線に抗し、水田を地域農業・産業の拠点として活かすための実践的提案の書。先進国では風土的条件にふさわしい穀物を最重要の飼料穀物と位置づけ、その単収増大を図ってきたことを明らかにしながら、日本では米を有力な飼料穀物に位置づけることが、食料自給率向上の最も基本的な道筋であることを実証的に示し、米粉、ダイズなどを活用した集落営農によるコミュニティ・ビジネスの展開とそのための組織運営、技術課題を整理し、中山間から平場まで「放牧が水田農業と畜産の未来を拓く」と事例をもって提案。 [本を詳しく見る]

季刊地域5号 2011春 季刊地域5号 2011春』農文協 編

★3月31日発売です★ 「季刊地域」編集部 季刊地域ホームページ 「TPP反対の」特設サイト TPP反対の大義・特設WEBサイト [本を詳しく見る]

TPP反対の大義 まだまだ伸びる農産物直売所 農商工連携の戦略

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