特集:科学論は科学の敵なのか?―科学をめぐる言説のゆくえを見据える―
●上田恵介:55年目を迎えた『生物科学』……1
●伊藤正直:セミナーをもつに至った事情……2
キーワード:ソーカル論争,STS,科学認識,科学史
●村上陽一郎:科学論の社会的役割……3
基調報告というのは実は大体問題の出発点からの歴史的な経過を話したり,それからその中で問題点を整理したりということをしなければならない義務があるそうですが,私はそういう方法をとりませんでした.科学vs科学論という今回のテーマですが,その問題の歴史を総括するのではなく,科学の専門家と科学の専門家でない非専門家という形でとらえるという視点から,この問題を解析したいと思っています.
キーワード:サイエンス,プロトタイプの科学,ネオタイプの科学,科学者共同体,ACTUP
●長谷川眞理子:科学論が生産的であるために……7
科学も一つのものの見方に過ぎない,科学の成果も社会的構築である,というポストモダンの科学論は,科学者自身にとっては,意味のあるインパクトを与えていない.科学が,自然現象の確かな理解と予測をもたらし,それらの理解をもとにさまざまな技術を生み出してきたのは事実であり,神話などの科学ではない考えが,それらを生み出さなかったことも確かである.現代の科学の進み方が,人類にとって真に望ましいものばかりを生み出してはいないという不安は,多くの人々が抱いているに違いない.科学と社会が実りある対話を行い,生産性の高い科学論が展開されるようになるためには,科学の確かさを認めた上で,それだからこそ両刃の剣である科学と技術をどのように扱っていくべきか,さまざまな立場の人々が議論の場を共有していくべきであろう.
キーワード:科学相対主義,社会構築論,科学の客観性
●三中信宏:科学論は科学からみれば〈たわごと〉なのかもしれない……10
近年,科学と科学者を見る「まなざし」に変化があらわれてきた.従来の科学史・科学哲学とは別に,1980年代ごろから「科学論」,「科学と社会」,「科学技術社会論(STS
: Science, Technology, Society)」と呼ばれる分野が新たに登場し,科学・技術・社会の相互の関わりあいについて分析している.現在の科学論は,科学倫理やリスク評価など科学や技術が社会と接する場面に活動領域を求めているように見える.場合によっては「市民」の側に立つアクティヴィストとしての役割を演じることにもなるだろう.あるいは,国・自治体やNPOを通して科学技術の政策決定に関わる場面に関与することもあるかもしれない.
この科学論という新たな試みは,科学とその影響について何を明らかにしてきたのだろうか.また,科学論は,科学と人類との接点で生じている困難な問題群について,何らかの解決への貢献をし得るのだろうか.そもそも科学論は,何を目指しているのだろうか.ポストモダン科学論と呼ばれるある「ものの見方」にいたっては,科学の客観性や真理性を否定し,科学も他の神話の体系と本質的に変わらない自然の一つの見方にすぎないという相対主義的主張を展開してきた.それは,科学者との間に,「サイエンス・ウォーズ」と呼ばれる論争を巻き起こすこととなった.科学をめぐるさまざまな言説を私たちはどのように評価していけばいいのだろうか.
本稿では,科学論もまた科学的研究対象のひとつであるという観点から,いくつかの問題点と提案をしたい.以下の内容は,昨年1月の大学共同セミナー「科学論は科学の敵なのか?」における講演(注1)を中心にして,その前後に行なった講演(注2,3,4)を踏まえてまとめたものである.
キーワード:科学,科学論,科学論論,ポストモダン思想,経験的テスト
●倉本由香利:ツカえる科学論へ〜科学論の非専門家である参加者から科学論への提言〜……15
セミナーハウスにたどり着くや否や,参加者名簿なるものが配られた.生物,物理,医学から,政治経済などの多岐にわたる分野の学生,心理学,文学といった分野の大学教授,そしてフリーライターまで様々なバックグラウンドを持つ参加者が来ている.そんな彼らが一体どんな問題意識を持ってここに来ているのか,分野ごとに異なる価値観のぶつかり合いというのは,実際のところどのようなものなのか,たった一泊と短いながらとことん議論できそうな予感が会場内に感じられる中,セミナーが開始された.村上,長谷川,三中3氏による非常に刺激的な基調講演,そして伊藤氏も交えたパネルディスカッションを終え,参加者のみによる議論が始まった.参加者はいくつかのグループに分かれ,明け方まで議論を続けた.驚いたのは,パネリストの基調講演およびディスカッションがどちらかといえば「科学論と科学の対立」に焦点が当てられていたのに対し,参加者から挙げられた論点はどれも,そのような対立構造を超えたものであり,最初から直面する問題の解決に向けた具体的な議論が行われたことである.参加者にとって「サイエンスウォーズ」は今更わざわざ議論するようなものではなく,市民として,教育者として,科学者として,常日頃感じている問題点を解決する手段としてSTSが使えないか,に興味の重心があったと思われる.ここでは参加者から挙げられた3つの論点と具体的な提言をまとめながら,科学論の専門家ではない我々がSTSや科学論に何を望んでいるのかについて論じたいと思う.
キーワード:科学論,STS,理科教育,若手研究者問題,市民科学,科学ジャーナリズム
●渡邊良朗:海産魚類の資源量変動様式の南北差−北の大変動と南の安定−……22
日本周辺海域のマイワシは1980年代に年間400万t以上も漁獲されたが,1990年代に激減した.19世紀末に約百万t漁獲された北海道春ニシンは,20世紀半ばに日本の沿岸から姿を消した.マイワシやニシンの資源量はこのように大変動するが,同じニシン科のウルメイワシは,過去40数年間の漁獲量変動幅が数倍と安定している.マイワシ資源の激減過程を詳述し,資源の変動と安定について,それぞれの種の生態的特性と生息環境から考える.
キーワード:マイワシ,サンマ,資源量変動,初期生残,成長速度
●佐々木謙:行動多型と適応的な脳の形成―社会性昆虫のカースト分化とカースト転換―……31
カーストは社会性昆虫の最も際立った特徴であり,その形態分化は幼虫期の神経・内分泌系による作用と,異なる遺伝子発現を通して起こる.ワーカー成虫個体は外部形態を維持したまま,一部の内部器官や行動を可塑的に女王型に転換することができる.カーストの転換に伴う行動変化は脳の生理的変化の結果生じるが,その行動変化は脳の構造にまで影響を与え,最終的にはカーストに特殊化した“適応的な脳”を創り出す.
キーワード:カースト,社会性昆虫,発生分化,脳の可塑性
●鈴木邦雄:談話室―“知の巨人”立花隆氏に対する批判の書を読んで……42 ●書評―
『地形植生誌』/『水辺林の生態学』/『森のねずみの生態学』/『これから論文を書く若者のために』/『クイア・サイエンス―同性愛をめぐる科学言説の変遷―』/『ハエ学―多様な生活と謎を探る―』/『生物学名概論』/『日本淡水産動植物プランクトン図鑑』/『トゲウオ,出会いのエソロジー』
●三中信宏:“みなか”の書評ワールド
Special feature: Is science study an enemy to science? - Questioning
the scientific status of sciene studies -
Ueda Keisuke: The 55th anniversary of Seibutsu-kagaku(1)
Itoh Masanao : Introduction(2)
Murakami Yoichiro : Role of science study(3)
Hasegawa Mariko : Science studies should be constructive(7)
Minaka Nobuhiro : How can we study science and science studies scientifically?
(10)
Kuramoto Yukari : Making a useful science studies for scientists and
science education(15)
Watanabe Yoshiro : Latitudinal difference in stock fluctuations of
marine fish populations - Variable to the North, stable to the South
- (22)
Sasaki Ken : Behavioral polyphenism and formation of adaptive brains
- Caste differentiation and transformation in social Hymenoptera -(31)
Suzuki Kunio: Critical reading of Takashi Tachibana's recent books on 'book reading techniques'(42)
Book reviews(44)
Book reviews by Minaka(56)
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