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農文協トップ主張 2002年6月号

ここまできた
安全・安心の減農薬空間づくり

 

目次
◆酢防除で内から病気をでにくくする
◆米ヌカ利用の菌体防除と天敵利用で
◆菌体防除と天敵防除がつながってきた
◆減農薬空間をつくる、天敵―ただの虫―微生物のつながり
◆むらの防除力の創造を

 

 酢防除、米ヌカ防除、菌体防除、天敵防除……今、農家は農薬以外のいろんな防除法を生み出している。そしてこれらは互いにつながりあって、減農薬空間をつくる。

 食品の安全性への関心が高まっているが、この空間は、農家が安全で安心できる空間であり、高齢者が楽しく農業を続けることができる空間である。農家が安全で安心であればこそ、消費者も安心する。

 新しい減農薬空間のしくみを整理してみよう。

酢防除で内から病気をでにくくする

 減農薬空間づくりの基本はまず、作物そのものを病害虫にかかりにくい体質にすることである。その方法として、今月号では酢防除という新しい提案を行なった。チッソ(硝酸)が過剰にたまった作物は病気にかかりやすいことは農家の実感だが、酢は、葉にたまった硝酸を消化する働きがあり、その結果、病気がでにくくなったり、味が良くなったりするのである。酢の農業利用をすすめてきた太田酢店の太田実さんは、酢の働きを葉面のpHを下げることによる静菌効果とともに、次のように整理している(本誌60ページ)。

 植物は、根から吸収したチッソ(硝酸)を光合成によって同化(消化)し、アミノ酸、そしてタンパク質を合成し、茎葉(植物体)をつくる。この過程でクエン酸回路(TCA回路)と呼ばれる作用が働いているといわれ、このクエン酸回路がうまく回らないと、タンパク質合成が進まず、薄く軟弱な葉しか作られなくなってしまう。

 このクエン酸回路をスムーズに回すのに使われる材料が有機酸であり、有機酸を含む米酢や玄米酢などを植物に吸収させると、何らかの形でクエン酸回路に働きかけ、回路がスムーズに回り、葉が厚く硬くなるのではないか。

 一方、リンゴ酢を愛用しているバラ農家の坂木雅典さんは次のようにいう(72ページ)。

 「酢にはたいへんおもしろい特性があります。酢は酸性です(リンゴ酢のpHは4.5〜4.8くらい)。よって酢の散布液は酸性水となります。しかし、体内に吸収されるとアルカリ性となり、体液の中和作用をし、ミネラル分の吸収を助けるのです。ミネラルが充分に吸収された作物は、病害虫に強い体質になるのではないでしょうか」

 葉に硝酸がだぶつかないようにし、またミネラルがよく吸収されれば、病気にかかりにくくなるということである。今の病気は「栄養病理複合障害」であり、栄養状態を改善することが、防除の大きなポイントになっているのである。酢防除もその1つの手段だ。

 ところで、ミネラルについて「現代農業」では最近、苦土(マグネシウム)に注目している。今、多くの畑では、リン酸や石灰が過剰にたまっているが、そんな畑で苦土を効かすことで葉や根の活力が高まり、リン酸や石灰の吸収も良くなり、病気がでにくい高品質の野菜ができるという現象が、各地でおきているのである。

 また、兵庫農業中央技術センターの渡辺和彦氏は、ケイ酸を効かすと、作物に病気への抵抗性が誘導されて、イチゴのウドンコ病やイネ苗のイモチ病が出にくくなるという知見を発表している。(2000年10月号326ページ)

 病気がでにくい作物の体質つくりにむけ、農家から、研究者からいろんなアイデアが生まれている。

米ヌカ利用の菌体防除と天敵利用で

 酢防除が作物体内から病気を防ぐやり方なら、米ヌカを生かした菌体防除は、病気がでにくい周囲の環境をつくる方法だ。通路に米ヌカをまくと、さまざまな微生物が繁殖し、空中を浮遊して作物を覆い、その結果、病原菌が入りにくくなる。米ヌカをまくようになってから、キュウリの灰色カビ病のための防除はしなくてすむようになったというのは、神奈川県平塚市の吉川政治さんである(124ページ)。

 米ヌカをふって3日くらいすると、白いカビが生え、その後、黒っぽいカビに変わるという。米ヌカをふってもカビが生えないという人もあるが、吉川さんは米ヌカにカビが生えるくらいの湿度がキュウリの生育にもよいと考え、常に米ヌカにカビが生えるようにかん水、湿度コントロールをしている。米ヌカをふってもカビが生えないようなときは、土が乾いてしまっているから「要かん水」のときであり、米ヌカをふってカビが広がるようなら、キュウリの生育に適した土壌水分だと判断する。米ヌカのカビが土壌水分状態を知る指標にもなっているというわけだ。

 害虫では、天敵を活用した害虫のでにくい環境づくりがいよいよ大きく広がり始めた。1番ホットで、話題を呼んでいるのが、バンカープランツ法。圃場の周囲や作物の間に天敵昆虫のすみかになる植物、つまりバンカープランツを栽培し、そこに呼び込んだ土着天敵によって作物の害虫を防除する方法だ。なかでも、各地でめざましい成果をあげているのが露地ナスの周囲にソルゴーを植える方法である。

 ソルゴーには、ナスには害を与えない各種のアブラムシがたくさんつくが、やがてこれらをエサとする天敵類のヒメハナカメムシやヤマトクサカゲロウ、テントウムシや寄生蜂、クモなどが増え、これらの天敵類が、アブラムシ、コナジラミ、アザミウマなどのナスにつく害虫を退治してくれるというしくみだ。多くの野菜を無農薬・無化学肥料でつくっているが、「ナスだけは他の作物と違って1週間から10日間隔で農薬散布をしてきました」という京都市の芦田貞克さんも、この方法をやってみたところ、定植から収穫終了時まで3回の農薬散布ですむようになった。「夏場のハダニ対策として、かん水で株元を常に湿った状態にしておくなど、ハダニの被害がうまく抑えられれば、完全無農薬も目指せます」という(110ページ)。

菌体防除と天敵防除がつながってきた

 宮城県の佐々木安正さんは、このバンカープランツを巧みに利用して殺虫剤ゼロを実現している(99ページ)。

 佐々木さんのハウスはじつににぎやかだ。ナスとハクサイが一緒に植わっているのにもギョッとするが、ハウスの周辺部にはグルリとムギ。通路にはヨモギやクローバ。ウネの端にはカラスノエンドウ。そしてナスの株元には1部、ソラマメが生やしてある。よく見ると、そんな周辺の植物にはアブラムシがいっぱい。さらに、それを食べにくるいろんな種類の天敵もいっぱい……。

 バンカープランツの代表的なものにムギ類がある。ムギにつくムギクビレアブラムシを食べて増殖した天敵たちが、主作物のナスやキュウリにつくワタアブラムシやモモアカアブラムシも食べてくれる、という仕組みだ。佐々木さんは、ムギが1年中絶えないように工夫している。

 そして、佐々木さんのハウス内の天敵供給基地は、じつは植物だけではない。最大の働きをしているのは、おそらくウネ間の通路なのだ。

 通路にはびっしりモミガラが敷き詰められているが、ここには米ヌカとフスマも混じっている。米ヌカやフスマに生えるカビは、じつはコナダニの大好物。コナダニがどんどん通路で繁殖すると、それをエサにしてククメリスカブリダニがまたどんどん増える。ククメリスは、ナスやキュウリの最大害虫・アザミウマ類の重要な天敵。これが通路からどんどん登ってくるおかげで、佐々木さんのハウスではアザミウマは増えられないのだ。

 コナダニが絶えないよう、佐々木さんは1〜2カ月に1回、通路にモミガラ+米ヌカ+フスマのセットを補給してやる。ククメリスは、もともとは市販の天敵資材だが、佐々木さんのハウスでは、作の最初にちょっと入れてやるだけで、あとは勝手にモミガラをすみかに、コナダニをエサに、どんどん増えるようになってしまった。

 この通路へのモミガラ+米ヌカ+フスマの散布は、「米ヌカ防除」を思い起こさせる。通路に定期的に米ヌカをふることで、ハウス内にカビを生やし、その胞子がハウス全体に蔓延することで、病原菌だけが優先するのを防ぐ――という「米ヌカ防除」が実は、天敵を増やし、害虫防除にも役立つのではないかと考えられるのだ。

減農薬空間をつくる、天敵―ただの虫―微生物のつながり

 天敵防除と米ヌカ利用による菌体防除は、つながっているようだ。多様な微生物がいることが、天敵が増える条件をつくるようなのである。

 害虫を食べるのが天敵であるから、原理的には害虫がいないと天敵は生きられず、普通は害虫が増えてから天敵がやってきて増え、その結果害虫が減る。どんなに大発生しても放っておけば害虫の発生は終息するのだが、その間に被害が出てしまい、農家はやむなく農薬散布をすることになる。つまり、害虫―天敵を1対応1の関係としてみていては、天敵の力を生かしたくても生かせないのである。特定の害虫を殺す能力のある購入天敵が、害虫の発生のたびごとに繰り返しの放飼が必要になるのもそのためだ。

 佐々木さんの場合は、バンカープランツで天敵のエサを確保して天敵を温存しているわけだが、天敵の安定的な働きを期待するとき、注目したのが、害虫だけでなく他の虫も食べるクモのような「広食性天敵」である。彼らは害虫がいなくても生きられ、害虫がくればそれを食べるから、出遅れることなく、害虫を低密度に維持してくれる。そして広食性天敵が生きるには彼らに食べられるふつうの虫がたくさんいなければならない。雑草を食べる虫や土壌の有機物を食べる虫、その虫を食べる虫、そうした種類数でいえば田畑にいる虫の99%を占めている「ただの虫」が豊富にいる豊かな生物相が、害虫がいても被害が出ない状態を維持してくれるのである。ただの虫には土壌にいる菌類や微生物をエサにしているものも多い。微生物―ただの虫―天敵というつながりが、安定した減農薬空間をつくるのである。

 昨年10月号で特集した、作物残渣+米ヌカで土を表層からよくしていく「土ごと発酵」方式も、微生物の力で土のミネラルを有効化するとともに、ただの虫を増やし、葉のまわりの微生物を多様にする総合的な減農薬空間づくりの方法といえる。

 そのうえ、豊かな昆虫相は病害の抑制にも役立っているようだ。鳥取大学の平野茂博氏は、昆虫の表皮やエビ、カニなどの殻をつくっているキチン質は、植物細胞を活性化させて病気に対する自己防御機能を高め、また、キチン質が豊富な土壌では放線菌が増え、これが分泌するキチナーゼはフザリウムなどの病原菌を抑制することを明らかにしている(1997年10月号148ページ)。多様な微生物に支えられるただの虫の豊富化はキチン質の循環をとりもどし、減農薬空間をより安定したものにしていく。病害防除と害虫防除とが、1つになる。

むらの防除力の創造を

 この減農薬空間は、地域的な広がりをもつほど安定する。

 たとえば、ナスの天敵・ハナカメムシは田から移動してくるという調査もある。こうした田と畑のつながりは、昔から知られていた。たとえば桐谷圭治氏(元農業環境技術研究所)は、イネの害虫の天敵でもあるコサラグモが、5月下旬にこぞって田から畑に移動して畑にいるハスモンヨトウの幼虫を食べ、梅雨があけて高温乾燥の畑から水田へと帰っていくまで、ハスモンヨトウの密度を下げているという。天敵の供給源としての水田の役割に光をあてる必要が大いにありそうだ。天敵を殺さない田んぼの防除が、畑の減農薬につながる。

 この田んぼの減農薬にむけ、北海道美唄市では、「香りの畦みち」が広がっている。畦にハーブ(ミント)を植えてイネのカメムシを防ごうという取り組みだ。イネへのカメムシ被害は、畦のイネ科雑草についたカメムシが水田に移行して発生するので、ミントが畦を覆うとカメムシの被害がでなくなる。こうして、農薬散布をしなくても斑点米の発生を防げるようになったのである。カメムシの農薬散布をやめ、畦草への除草剤もやめた結果、田んぼにはクモの巣がたくさんみられ、トンボがいっぱい舞うようになった。ミントは花もきれいで香りもいい。ナス畑のソルゴーとちがって、このミントは害虫忌避作物だが、これによって農薬が減り、天敵を温存することになる。「香りの畦みち」は今、全長30kmを超え、近い将来100kmを超えるのではないかという。

 この畦のミントはダイズの防除にも役立ちそうだと、「元氣招会」の今橋道夫さんはいう。今橋さんは、転作田でつくるダイズを無農薬・低農薬で栽培して納豆などに加工して販売している。ミントの畦にはジャガイモヒゲナガアブラムシが少ない(他のアブラムシはいるが)ので、このアブラムシが媒介するわい化病に抵抗性のあるツルムスメをつくることと組み合わせて、農薬を使わなくても被害が抑えられるというのだ。また、イネも含めて無農薬・低農薬でつくっているためか、今橋さんのダイズ圃場には、ヨトウムシに病気を起こす菌(ウィルス?)がすみついているらしい。発生しても、放っておくと被害がでる前に勝手に死んでしまうのだ(2001年6月号226ページ)。

 「香りの畦みち」つくりには、米産直でつながったパートナー(今橋さんは顧客をそう呼ぶ)が家族づれで大勢やってきて、畦にハーブを植えてくれる。消費者まで巻き込んだ地域の美しい減農薬空間づくりがすすんでいる。30km以上におよぶ「香りの畦みち」は、農薬の使い方の変更も含めて、地域の昆虫・害虫相をしだいに変えていくのだろう。

 果樹のフェロモン剤利用も、青森県相馬村の取り組み(254ページ)のように、みんなで広い面積で取り組んだほうが効果的で、フェロモン剤の設置本数も少なくてすむ。減農薬空間づくりは1枚の田畑から始めることができるが、これを後押しする「むらの防除力」の創造が求められている。

 病害虫がでにくい環境とは害虫や病菌を撲滅した無菌の、死んだ環境ではない。作物が病害虫の脅威にいつもさらされ、人間と病害虫が裸で闘わなければならない状況とは反対に、いろいろな植物や虫たちが病害虫とかかわりあって病害虫の異常な増殖が抑えられる。地域の生命空間に支えられて成り立つ農業、それを上手に仕組んでいくことが防除技術の土台にすえられる。それが高齢者や女性が元気な農業を支える。

 消費者ニーズに合わせて無農薬野菜をつくるのではない。自分の身体に合わせ、地域の自然を生かし、暮らしやすい、美しい村をつくる。農産物を届けるだけでなく、村=ふるさとを丸ごとアピールする。とりわけ防除のありようは消費者の関心が高いだけに、消費者とのつながりをつくるカナメになる。「農薬を使っていませんか」と消費者にきかれたら、「うちではこんなふうに楽しく防除してますよ」と新しい防除の取り組みを知らせてやりたい。

(農文協論説委員会)


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