現代農業 特別号
21世紀に引き継ぐ農業の技術 自給の知恵

現代農業特別号
●目次
●記事紹介
 ●Part1
 ●Part2
 ●Part3
 ●Part4
 ●Part5
田舎の本屋さん
本の注文はこちらへどうぞ

Part1 地域の資源と技で、産直・加工を楽しく豊かに

荒れた桑園がむらの新しい稼ぎ場に

高齢者と農協の連携プレーで
「しんちゃん納豆」大好評

■編集部

高齢化でやむなく廃園になっていった桑畑を大豆畑に転換。加工してつくった納豆などを地元の保育園や小中学校の給食用にも使ってもらうなどして売上げも順調。高齢者と農協がタイアップした新しいむらおこしの姿がみえる。
●1996年(平成8年)7月号 68頁 原題「荒れた桑園が生んだ『しんちゃん納豆』」

地場産ダイズの「しんちゃん納豆」が大好評

 桑園あとでつくったダイズの納豆が好評だ。福島県新地町のJAそうまがつくっている「しんちゃん納豆」が、それ。一 昨年6月から同農協(当時はJA新地町)の農産物加工施設でつくられている。

 当初の計画では36万パック(1パック50g)の納豆を販売するのが目標だったが、実際には50万パックも売れた。それ以降も売れ行きは順調そのもの。販売の中心は、JA福島経済連の行なっている「ふれあい食材」という食材の宅配事業のルートである。

 JA新地町は、「しんちゃん納豆」を始めるに際し、経済連に働きかけ、それまで「ふれあい食材」の納豆はAコープのものだったが、それを地場産ダイズの「しんちゃん納豆」に変えてもらった。そのうえで36万パックという販売計画を立てていたのだった。経済連の「ふれあい食材」事業は、農協組合員が会員で、年間の予約注文を受けて、1日おきに各家庭に配達するというものだ。

 もちろん、「ふれあい食材」に頼り切るのではなく、地元・新地町の保育園や小・中学校にも働きかけ、毎月1回の割合で給食で納豆を使ってもらっている。5目納豆などに加工して食べているという。

 子供たちが大きくなって他の土地へ行っても、新地町には「しんちゃん納豆」というおいしい納豆があったことを思い出してもらいたい。そんな思いから給食を重視する。

 地元のスーパーにも週2回ずつ配達しており、売れ行きは好調だ。

 「納豆はおいしい。しんちゃん納豆はとくにね。うちの孫は、納豆がないとご飯たべないぐらいだもん。毎日1回は食べている」(新地町農家・佐藤都子さん)

納豆をつくるから 桑園あとでダイズ生産を!

 この「しんちゃん納豆」を始めることになるキッカケは、規格外ダイズをめぐってである。

 平成2〜3年ころ、当時水田転作でダイズをつくったが、この町は湿田が多く排水条件が悪いため規格外ダイズが多かった。交付金の対象にならず、実際に流通している4000〜5000円にしかならない。

 そこで、なんとかしたいと農協婦人部でミソつくりに取り組んだ。そんな経験がある。

 一方、新地町では、戦前から経営の一部に養蚕を取り入れている人が多かったが、10年ほど前からマユの安値や養蚕農家の高齢化でやめる人が急増していた。使われない桑園が増える。桑は切らないと、どんどん大きくなり桑園は荒れる。

 なんとかしなければ。何か植えるものはないか―。口には出さないが、みんなそう思っていた。そんなとき、「桑園あとにダイズをつくったらどうだろうか」と農協が提案したのである。

 「とれたダイズはすべて加工する。ミソだけでなく、もっと付加価値のつくものをつくる」というのが大前提。そして販売のことを考えて出した結論が、納豆をつくることだった。ちょうどその頃、農産物の加工施設を建設する話が持ち上がっており、農協としてはダイズの加工施設を要望し、そうすることに決まったということもある。

●規格外含め1kg350円で買い上げ

 農協は、ここでもう一つ大英断している。それは、農家からのダイズの買い入れ価格を1kg350円(納豆用の小粒種、コスズ)に設定したことだ。そのうえで販売価格や包装のやり方などを決めていった。

 「とにかくマメの値段を決めておいて、この値段でやらなければならないんだ、と。省ける部分、切りつめられる部分は、できるだけ省いたり、切りつめたりした」(JAそうま・新地営農センター)

 こうして包装は極めてシンプルなものに落ち着いた。一方、「しんちゃん納豆」の値段は、小売店のマージンのことも考えて50gパック2つで100円にした。これで生産者から1kg350円で買い上げることができる(なお、ミソ用のスズユタカは1kg300円)。

 しかも、検査をやれば規格外で落とされるような、例えば粒の形が悪い、シワがある、割れているなどのダイズも、よほどのことがない限り1kg350円で買い上げる。

お年寄りがダイズつくりに 気軽に取り組めるように

 養蚕をやめるのは、すべてお年寄り。そこで農協では、播種や刈取り、選別は農協がやることにした。

 農家がやるのは、春先の耕耘と施肥、播種が終わってからの土寄せや除草(除草剤ふり)、それに農薬散布を2回ほど。これだけだ。

 先述の納豆が大好きな佐藤都子さんは72歳、4年前に養蚕をやめた。 そしてその1年後、農協から声をかけられ、すぐにダイズを始めている。

 「大変な作業は農協がやってくれて、自分でやるのは肥やしと除草剤をふるくらい。昔みたいに全部自分でやらなければってことがない。だから、ダイズをやる気になった」

 佐藤さんは、桑園あとで納豆用ダイズのコスズを2反5畝つくる。こんなお年寄りがたくさんいる。

 そしてダイズをつくってる人も、つくってない人も、みんな畑を荒らしたくないという気持ちが強い。

 「自分で百姓やっていて、畑(桑園あと)がぼうぼうになるのは残念なことだ。畑が荒れる姿は見たくない。お金にならないけど、草をはやしたくないからダイズやっている」(渡辺市郎さん、68歳、養蚕は4年前にやめた。コスズ1反7畝)

 「3年前に後継者が死んだ。それからは、畑は自家用の野菜をつくるだけ。何もつくらないで荒らしておくより、耕作してもらって管理してあれば土地のためにいいと思って畑は無償でお願いしている。5反くらいかな。その畑では、ダイズをつくっている」(目黒淑元さん、64歳)

ダイズが入ると小菊の 出来は見違えるほど

 目黒さんに畑を借りてダイズをつくっているのは佐々木正一さん(64歳)で、ことしはダイズを2.5haもつくることにしている。

 そのうち自分の畑は7反で、あとは借地である(無償で借りている畑が多い、という)。

 桑園あとのダイズが多いが、なかには新地町で盛んな小菊をつくっている畑も含まれている。連作障害のため小菊のできがわるくなったので、ことしはダイズをつくり、その後再度小菊をつくろうというのだ。1度ダイズが入ると小菊のできは、見違えるようによくなる。

 それに、小菊の畑には堆肥が入っており、肥料分も残っているのでダイズに肥料をやらなくてもいい。

 借り手にとっても貸し手にとっても、そのメリットは大きい。

 桑園あとにダイズをつくり始めてことしで3年目。「しんちゃん納豆」を始めた1昨年、ダイズをつくったのは8ha、取り組んだのは30人ほどだった。それが昨年は10ha、38人に増え、ことしは12〜13haになるだろう(現在、集計中)という。ことしの場合、水田転作のダイズもかなり含まれそうだ。50人を超す人が納豆用ダイズに取り組むことになるだろう。

 ダイズつくりの輪はもっともっと広がりそうだ。その分、荒れた桑園は確実に減り、むらに稼ぎを生んでいく。


特別号トップへ戻る