現代農業 特別号
21世紀に引き継ぐ農業の技術 自給の知恵

現代農業特別号
●目次
●記事紹介
 ●Part1
 ●Part2
 ●Part3
 ●Part4
 ●Part5
田舎の本屋さん
本の注文はこちらへどうぞ

Part3 作物と自然の力を生かす栽培技術

疎植栽培

一株のイネの力を最大限に引き出す株環境づくり

■編集部

田植え機による密植、V字型イナ作によるきめ細かな肥効調節技術に対して、農家が創造した小力イナ作が「疎植(粗植)」であった。 尺角手植え。イネは太陽の光を存分に浴びて、太茎のイネに育つ。有機物による地力チッソの増大や転作跡地の残肥を生かすことができ、無チッソ出発で最後まで活力の高いイネを育てようとした人たちの挑戦に、イネの可能性を見る。
●1972年(昭和47年)3月号82頁 原題「思いきった粗植で大増収―坪36株で11俵確実―」

イネつくりがおもしろくてたまらない

 暖地型の省力―安定―多収の画期的なイネつくりがここに誕生した。

 その特徴は粗植にある。ウネ幅も株間も30cm間隔。1尺の正方形植えというわけだ。株の間を「おぜん」が流れそうな植え方である。坪当たりの株数は36株。ふつうのイネつくりの半分である。ここでは、「増収には密植が必要だ」という常識がもはや通用しなくなっている。

 株数が少ないから田植えの労力を半分に減らした。苗取りをふくめて、1人の労力で10aの田植えがらくにできるようになった。田植機が顔まけするほどの能率である。

 収量も高い。2〜3年の経験者は10aとか20aの単位で、反収5石の記録をもっている。また、誰がやっても初年めから4石の壁を破っている。ばつぐんに安定性があるわけだ。

 さて、この独創的なイネつくりをうちたてたのは、千葉県東金市押堀の浅野総一郎さんたちのグループである。

 浅野さんたちは、片倉さんのイネつくりの基本を身につけて、早植栽培の「4石頭うち」を破った。

分けつ期間はたっぷりとる

 このイネつくりを最初にはじめたのは浅野さんである。

 みんなで田をまわりながら話しあった。ザリガニに食われた株のとなりのイネは株がみごとに開いて、草丈が伸びていない、穂も大きい。水路に植えたイネも健康に育っている。思いきって粗植にしたらこういうイネになるのではないか。ひとつやってみよう。そういういきさつで、浅野さんが1尺並木植えをためすことになった。

 田植え後1カ月は、みられたものではなかった。1尺おきに1株2本植えのイネがポチャンポチャンとあるだけ。これで茎数が確保できるだろうか? 不安でたまらない。

 そのうちに、分けつがはじまり、扇形のみごとな株になってきた。6月下旬には1株の茎数が35本になって、分けつがとまった。なんとか空間もうまった。

 このイネにどんな穂がつくか? 新しい不安である。

 穂が出た。不ぞろいである。親茎は穂の天井が垂れているのに、孫茎はようやく出穂。1穂の粒数も不ぞろい。親穂は200粒もあるのに、50粒の小穂もある。平均一10粒ぐらいだから、粒数に不足はない。

 このモミが実ってくれるだろうか? つぎの新しい不安である。

 刈ってみておどろいた。茎がひとまわり太くてかたい。ヨシの茎のようだ。今まで8株で一つかみだったが、このイネは4株刈ったらつかみきれない。茎がかたいので、手の皮がすりむけてきた。

 モミすりしてみて、10粒中に3粒は青米が入るが、これは生き青だから等級は下がらない。収量も10a当たり11俵以上とれることがはっきりした。

 この図をごらんください。これは浅野さんのコシヒカリの例だが、どの品種にもあてはまる。

■畑苗=早植えの特性を生かす

 自由奔放に育てるのが、このイネつくりの特徴である。太陽光線をたっぷりあてて、出たいだけ茎を出させる。その茎に着きたいだけモミをつけさせる。光線も風通しもよいから、節間が伸びない。下葉も枯れない。登熟期になっても倒伏の心配はない。1株の穂は4方に垂れるが、株元はよろめきもしない。

 だが、このイネつくりには一つの条件がある。それは、分けつ期間をたっぷりとること。図でごらんのように、田植えから必要茎数を確保するまでに50日もある。早生品種でもこの期間が40日ある。

 ビニール畑苗を早植えすると、とかく過繁茂になって苦労するのだが、このイネのように自由奔放に育てれば畑苗の特性が生きる。

 6月20日前後には、1株が30〜35本になる。分けつは自然にとまる。誰のイネも30〜35本程度で分けつがとまるというからふしぎだ。

 浅野さんたちは「茎数は苗の力と光線でとるものだ」と考えている。苗に力があって、光線があたっていれば、田植え直後からどんどん分けつする。やがて、イネは光線不足になるのを恐れてか、1株35本で分けつしなくなる。分けつした茎は全部穂を出す。無効分けつはほとんどない。

 ところが、茎数をチッソ肥料でとろうとすると失敗する。30〜35本になっても分けつはとまらない。無効分けつがふえて、増収できない。

野菜あとなら元肥無チッソ

■野菜をつくるほど米も増収

 裏作に野菜をつくった人は米もたくさんとっている。土が肥えてくるからだ。部分的に5石どりの記録をもち、平均反収11俵以上あげている人たちは、浅野さんのように堆肥を使うか、野菜をつくっている。このどちらかである。粗植―化学肥料でも10俵はいくが、11俵、5石と増収するのはむりだという。

 裏作に野菜をつくったばあい、イネは無チッソ出発。元肥のチッソ肥料はまったく使わない。

 8月下旬、イネ刈りが終わると同時に野菜を植えるためにトラクタで耕起する。そのとき、生ワラはカッターで切って田にすき込む。まだ地温が高い時期だから、土のなかでくさる。この生ワラは、イネにとって堆肥と同じ状態になっている。

 春先、ハクサイ、キャベツの収穫が終わったら、田に水を入れてトラクタでかきまわす。野菜の下葉がどっさりすきこまれる。このとき、珪カルを5袋ほど入れる。裏作野菜には珪カルがつきもの。これに過石3袋、塩加3分の2袋ほど使う。野菜の下葉をすきこんで4〜5日してから代かきする。

 野菜をつくった水田で問題になるのがイネの根ぐされである。

 6月中旬、1株30〜35本の必要茎数確保の見通しがつくころから飽水状態の水管理に切りかえるわけだが、それまで放っておけない。

 湛水をつづけると野菜の下葉がくさり、土がペロンペロンにわいて、雑草も生えない状態になる。

 そうなったら、水を2〜3回切って、ガス抜きのために除草機を押す。

■葉色をぎくしゃくさせない

 6月下旬には、1株茎数が35本程度になって分けつがとまる。葉の色にむらが出れば、むらなおしの肥料をやる。

 出穂40日前から20日前にかけて、コシヒカリのような倒れやすい品種であっても、葉の色を極端におとさない。V字型イナ作のようにチッソ肥効を中断すると穂が小さく、粒数不足で増収できない。その必要もない。株間が広く、光線も風も入るから、葉の色がいくぶん濃くみえても、下位節間が伸びたり、葉が徒長したりすることはない。倒伏の心配はない。

 穂肥・実肥は片倉さんのやり方と同じ。実肥は、葉の色がさめるようならいつでもやる。極論すればイネ刈りまでやる。

 イネの一生を通じ、コシヒカリのように倒伏に弱い品種であっても葉の色をぎくしゃくさせない。穂首分化期でも、極端に肥効を制限しない。いつもチッソがある状態で平らにもっていく。そういう状態をイネ刈りまで維持するわけだ。

 登熟期のイネの姿はみごとになる。穂は噴水のように4方に垂れ、受光態勢はきわめてよい。茎はシャンとしていて、よろめこうともしない。


特別号トップへ戻る